弥生研究所

人は誰しもが生きることの専門家である

解説『ハイペリオンの没落』2

第二部です。文庫本でいうところの上巻の後半(pp.257-476)に当たります。第二部ではセヴァーンの夢=ハイペリオンの出来事の描写がほとんどを占めます。これは、セヴァーンがグラッドストーンへの悪態をつきながらがっつり睡眠導入剤を飲んだからで、よりメタ的に見れば、巡礼者たちの物語が、それぞれクライマックスを迎えつつあるからです。また、タウ・ケティ・センターでも物語は大きく急転します。アウスターの大規模侵攻です。

語り部としての視点にも変化があります。第一部では、タウ・ケティ・センターでの出来事はセヴァーンを第一人称としたセヴァーンの視点で描かれ、ハイペリオンでの出来事はセヴァーンの夢という設定でした。つまりセヴァーンが知覚し得ない状況の描写はありません。ところが、第二部ではセヴァーンは寝ているにもかかわらず、寝ている最中のタウ・ケティ・センターの出来事も描写されるようになります。これは、セヴァーンの夢の中の知覚がハイペリオンを越えていることを意味します。

前回の記事はこちら。

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2-16(セヴァーンの夢)

レイミアは目を覚ますと瞬時に覚醒した。あたりに、領事の姿がなかったからだ。<スフィンクス>の外に出ると、既に空は明るくなっており、<クリスタルモノリス>の惨状が明らかになった。領事は外にいた。既にあたりを探索したようで、カッサードの痕跡は何もなかったと領事はいう。つかの間、<スフィンクス>の内部から悲鳴が聞こえた。レイミアと領事が室内に戻ると、サイリーナスがホイトの死体を見ていた。レイミアは絶句した。ホイトの死体は、一晩にして別人になっていたからだ。それは、ポール・デュレ神父だった。そして、デュレ神父は覚醒していた。 デュレ神父にはビクラ族に見られたような知性の劣化は見られず、素早く現状を認識した。一行は、デュレ神父を加えて、昨日と同じように墓標全体を探索したが、結局得られるものはなかった。誰もが長期戦を予想していなかったため、レイミアとサイリーナスは<時観城>へ戻り、食料を補給することになった。

2-17(セヴァーンの夢)

十二時間前。カッサードが<クリスタル・モノリス>の最上階に立った時、そこにいたのは、やはりモニータだった。カッサードはモニータを殺すべくライフルを構える。その時、モニータが言った。「あなたは何者?」 モニータによれば、カッサードにとっての過去は、モニータにとっての未来なのだという。結局二人は再び愛し合っていた。カッサードは傍らにシュライクがいることに気付き身構える。シュライクは瞬時にカッサードの二の腕をつかむと、右手で転位ゲートを作り出した。モニータがそのフィールドに入っていく。カッサードの心は抵抗よりも好奇心が勝り、シュライクと共に転位フィールドをくぐった。

2-18

グラッドストーンは寝付けなかった。こういうときグラッドストーンは散策をする。パケム、マウイ・コヴェナント、ルーサス、バーナード・ワールド、火星、コッズ・グローヴ、ヘヴンズ・ゲイト。それらは巡礼者たちの所縁の惑星だった。そして、最後には月へ。惑星を巡るグラッドストーンは巡礼者たちを回顧しながら、頭脳は思索していた。グラッドストーンは領事の裏切りを当てにしていた。その舞台を用意したのはグラッドストーンだ。グラッドストーンが考えているのはコアとの決別だった。そろそろ戻ろうと考え始めたグラッドストーンのもとに現れたのはリイ・ハントだった。ハントは報告した。ウェブ全体がアウスターの攻撃にさらされていることを。

2-19(セヴァーンの夢)

<時観城>へ戻る途中、レイミアとサイリーナスはもう何度目か分からない喧嘩をした。日中のあまりの暑さに、サイリーナスがレイミアに追いつけなくなったからだ。ついにサイリーナスは途上にある<詩人の都>に行くと言い張り、レイミアと別れる。レイミアは二、三時間で戻ると言いながら振り返りもせずに歩き出す。サイリーナスはその姿を見送ると、廃墟となった<詩人の都>へと歩き出した。

2-20(セヴァーンの夢)

領事、ワイントラウブ、デュレが、残り少ない糧食で昼食を取っているとき、デュレが倒れた。三人は<スフィンクス>の屋内に戻り休憩する。領事は再び宇宙船との通信を試みるが、応答はなかった。夕方、領事はサイリーナスとレイミアが戻ってこないか確認するため<スフィンクス>を出ると、<翡翠碑>の近くに人影を発見した。人影はふらつきながら倒れた。領事がその人影に近づくと、その正体はヘット・マスティーンであった。

2-21(セヴァーンの夢)

サイリーナスはレイミアと別れて、午後をまるまる詩作に費やした。日の入りを迎えてもなおペンは止まらなかった。詩の主題はギリシャ神話である。幾多の戦いを経てサターンとジュピターは講和の席につく。唐突にサイリーナスの頭に想像だにしない発想が滑り込んできた。講和の席に着く二柱の神は第三の脅威に対し恐怖を表明したのである。第三の敵、その相手とは? サイリーナスは、はっと我に返った。気付けば、書いた文字が読めないほど暗闇が深まっていた。 サイリーナスは原稿をリュックにしまい出口を見た。そこには誰かが立っていた。レイミアか……と考えたのは一瞬で、すぐにそれがシュライクであることに気付いた。サイリーナスは命乞いをするも、意に介さないシュライクは近づいてサイリーナスを抱きかかえた。<詩人の都>にサイリーナスの絶叫がひとしきり響き渡ったが、やがて再び静寂が訪れた。<詩人の都>に残っているのはまき散らされた原稿だけであった。

2-22(セヴァーンの夢)

レイミアが<時観城>から下る崖の階段で意識を取り戻したとき、あたりはすっかり夜になっていた。レイミアが<時観城>へ戻ったときにすでに夕暮れを迎えていた。食糧庫で水と糧食を調達したのは良かったが、荷物を抱えて崖を下り始めたのもつかの間、そこで落石に遭い、頭を強かに打って気絶したのであった。疲労困憊であったがレイミアは歩いた。途中、<詩人の都>に立ち寄ったが、サイリーナスの姿はなかった。<スフィンクス>にたどり着いたとき、屋内には誰もいなかった。荷物はそのまま置いてある。しかし、メビウス・キューブがない。レイミアが入り口に戻ったとき、その横にシュライクが立っていた。レイミアは拳銃で応戦したが、シュライクはメスのような指先をレイミアの耳の後ろから突き刺した。

2-23(セヴァーンの夢)

フィールドをくぐった先でカッサードが見たものは、ハイペリオンの戦場だった。そこはまさにいま地上へ降下しようとするアウスターと、それを阻止せんとするFORCE海兵隊の激戦だった。この戦闘は、カッサードたちが谷に着いてから五日後のこと、つまり未来の出来事なのだとモニータは説明した。カッサードはシュライクを倒すためにハイペリオンへ来た。カッサードはシュライクと決闘する資格が自分にあるかモニータへ問うと、モニータはあるだろうと答えた。しかし、今までに勝ったものはなく、死よりも恐ろしい末路を迎えたものもいるという。カッサードは早贄の木に刺されたサイリーナスの姿を思いだした。モニータは再びゲートを出現させた。カッサードはモニータと共にそのゲートをくぐった。

2-24

会議室は一種のショック状態、パニック状態にあった。モルプルゴの説明によれば、ウェブ内の数十の惑星がアウスターの攻撃の危機にさらされているという。先の会議ではウェブ近縁にアウスターの艦隊はいないとのことであったが、驚くべきことにアウスターは航跡の残るホーキング駆動ではなく、亜光速でウェブへと近づいたらしい。それはつまり数十年も前から計画されていたことを意味する。グラッドストーンは速やかに当面の方針と手順を通達すると会議を解散し自室へと戻った。グラッドストーンは滅多にない怒りをぶつけていた。その相手はコアの代表であるアルベド顧問官である。成り行き次第ではコアに対して宣戦を布告することも辞さないと、彼女なりの脅しをかけると、アルベドのホロはふっとかき消えた。

2-25(セヴァーンの夢)

ソル、領事、デュレ神父が、ヘット・マスティーンに近づいたとき、彼の意識は朦朧としていた。ヘット・マスティーンはメビウスキューブが必要だと言い、デュレ神父はスフィンクスへと取りに戻った。デュレ神父は戻ってきたが、ヘット・マスティーンの言葉は半ば意味不明であり、そのまま眠りに落ちた。四人が嵐を避けて第一の岩窟廟に避難したとき、唐突に銃声を聞いた。おそらくレイミアの拳銃だろうと推測した領事とソルはレイミアを探すべく岩窟廟を出た。二人は、スフィンクスまで来たとき、その石段の最上段に横たわるレイミアを見つけた。レイミアは死んではいなかったが意識もなく、頭蓋の神経ソケットからは触手と形容するにふさわしい銀色のケーブルがスフィンクスの入口へと伸びていた。驚くべきことにそのケーブルは温かかった。領事はケーブルを辿ってスフィンクスの奥へと潜ったが、ケーブルはその終端で石の床にじかに潜り込んでいた。その接合部は素手でどうにかできるものではなかった。領事は荷物の中から空飛ぶ絨毯を引っ張り出した。領事はその絨毯を使って助けを呼びに行くことを考えていた。デュレにも相談すべく二人は岩窟廟へと戻った。幸い、傍らにはレイミアが持ってきてくれた食糧が置かれていた。

2-26(セヴァーンの夢)

シュライクの鉤爪が神経ソケットを貫いたとき、レイミアは苦痛を感じなかった。その瞬間、レイミアはデータプレーンの空間を漂っていた。レイミアが戸惑っているとその腕をつかんだのはジョニイだった。レイミアは死んだのだと自覚していたが、ジョニイの言葉によれば、シュレーンリングの中のジョニイと共にその意識がデータスフィアへと解放されたらしい。二人はセヴァーンの意識を夢で共有していた。セヴァーンはコアによって復元されたが、彼がキーツ自身なら我々の敵ではないとジョニイは言う。二人はより多くのことを知るためにメガスフィアへと上昇していった。

2-27(セヴァーンの夢)

カッサードがゲートをくぐり抜けると、そこは荒涼とした大地で、巨大な棘のある木が赤い空に向けてそそり立っていた。串刺しにされた早贄たちは生きていた。その中にサイリーナスの姿を見止めたカッサードは、彼を救うべく木に近づく。木との間には百体を越えるシュライクが立っていた。カッサードはその一体に狙いをつけると、雄たけびを上げて一気に距離を詰めた。

2-28(セヴァーンの夢)

領事は自分だけで助けを呼びに行くことを躊躇っていた。しかし、ソルもデュレもこの場を離れることを嫌がった。領事は詩人の都を越え、時観城を横目に馬勒山脈を越えた。その速さは徒歩で数時間かかる距離を数十分で飛行しえるものだったが、さしもの山越えには六時間かかかった。過酷な環境と疲労から、いつしか領事は眠りに落ちていた。夜半に出発した領事は、絨毯の上で再び夜を迎え、そして朝を迎えた。領事は焦っていた、レイチェルに残された時間はあとどれくらいだったろうかと。途端に絨毯は死んだように機能を停止し、領事はフーリー側の水面へ落下していった。

2-29(セヴァーンの夢)

領事が出発した後、残されたソルとデュレはひたすら待つしか出来なかった。二人は奇しくもシュライクによって信仰を失った者と、信仰を強固にしたものであった。しかし、間もなくヘット・マスティーンがうなされながら死んでいくと、二人は彼のために墓を掘った。午後、居ても立っても居られなくなったデュレは、ソルにひとこと言ってから谷の奥へと散歩しはじめた。デュレは日陰を歩いたが、午後の谷は猛暑であった。デュレが第三の岩窟廟の前を通ったとき、その奥に光がともっていることに気付いた。デュレの記憶が正しければ昨日避難したのは第一の岩窟廟であったはずで、ここに光がともっていることはありえない。デュレは理性ではソルのもとへ戻るべきだと思ったが、しかし第三の岩窟廟へと足を踏み入れた。ソルはふと目を覚ました時、夕暮れが迫っていた。日没までにデュレを探すべく、ソルは急ぎ足で谷の奥へと進む。ソルは翡翠碑、オベリスク、クリスタル・モノリスを通り過ぎて、三つの岩窟廟も除いたが、どこにもデュレはいなかった。ソルは恐怖を感じてスフィンクスに戻ったが、そこには横たわっていたはずのレイミアの姿が無くなっていた。巡礼者がみんないなくなってしまったことにソルは毒づいた。そしてあと一日足らずで、本当に一人になってしまう現実に気付き、ソルは絶望感に打たれ、眠りに落ちた。

2-30(セヴァーンの夢)

ソルは夢を見ていた。今までになんども見た夢だ。しかし、今回は少し違った、その声は大音声ではなく、ささやくような懇願の声だった。ソルは唐突に腕を掴まれてぎょっとした。それは八歳くらいのレイチェルだった。レイチェルは「イエスと言って、パパ」と言った。ソルが目を覚ますとすでに太陽は高く昇っていた。朝を越えてずいぶんと眠ったらしい。昼になっても午後になっても、ついに領事の宇宙船は現れなかった。日が落ちてついにレイチェルが誕生を迎えようとするとき、谷中が鳴動し始めた。スフィンクスの入り口が明滅し、谷の奥には早贄の木が現出し始めた。スフィンクスの入り口からシュライクが近づいてくる。しかし、ソルが気にしているのレイチェルだった。ソルは悟った。全てが塵となる中で最後まで残るものは愛なのだと。そして愛とは信じることなのだと。ソルはレイチェルをシュライクに差し出した。ソルの周りで時間の墓標は一斉に開こうとしていた。

ハイペリオンの没落(上)

ハイペリオンの没落(上)

解説『ハイペリオンの没落』1

前回、『ハイペリオン』の物語をまとめてから一年以上が経ってしまいましたが、続編である『ハイペリオンの没落』を、にわかにまとめます。これもまた長いので三回から四回に分けて。ひとつひとつの節に対して思うところを解説していきたいところですが、ひとまずあらすじを追うことを優先します。

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巡礼六日目の朝までが『ハイペリオン』、それ以降が『ハイペリオンの没落』の物語になります。ただし『ハイペリオンの没落』では、時間経過が定かではありません。意図して時系列が前後している節があります。これは、ハイペリオンでの描写はセヴァーンの夢という設定になっているからです。実は、『ハイペリオン』での巡礼者たちの物語も、それぞれセヴァーンが夢で見たものです。セヴァーンは何故か、ハイペリオンで起きた事実を、夢の中で知ることができます。セヴァーンが何者なのか、そしてなぜ夢の中でハイペリオンでの出来事を知ることができるのかは、物語で明らかになっていきます。

ハイペリオンの没落』の物語は、セヴァーンの身の回りで起きたことと、セヴァーンが睡眠中に見る夢=ハイペリオンの出来事の反復で構成されます。最初は夢と現実は明確に分離されていたので、夢の節は(セヴァーンの夢)と表記しています。しかし、後半=第三部(下巻)以降は、セヴァーンは眠らなくても夢を見られるようになり、ひとつの節の中で現実の出来事と夢の中(ハイペリオン)の出来事が錯綜しだします。

数字は小説内の部、節です。まずは第一部から。

あらすじ

1-1

FORCEの艦隊が出撃する日、ジョセフ・セヴァーンは政府高官が集まるパーティに招かれていた。彼には画家という肩書が付けられたが、少なくとも自認するアイデンティティは詩人、つまりジョン・キーツであった。パーティではある人物に話しかけられた。ダイアナ・フィロメルとその夫、ヘルムントである。サイブリットであるセヴァーンにとって、女に良からぬ過去があることを知ることは容易であった。艦隊の長大な光条が、パーティ客の注意をひとしきり掻っ攫った後、セヴァーンは CEO グラッドストーンに呼び出された。

1-2

それは、グラッドストーンを始めとする政府中枢の人間に対する、セヴァーンの自己紹介の機会であった。そこには、補佐官のリイ・ハント、FORCEのモルプルゴ大将とシン大将、AI顧問のアルベドも含まれていた。セヴァーンは、この歴史的な事件に際して、グラッドストーン肖像画を記録として残す役目を負っていた。しかし、それはあくまで建前上だ。グラッドストーンの目的は、セヴァーンがハイペリオンの出来事を夢で知っているという事実に対して、セヴァーンを宮廷画家として手元に置き、その情報を利用しようというものであった。

1-3(セヴァーンの夢)

六日目の朝から夜まで。夜明け前に出立した一行は、ほどなく<時間の墓標>にたどり着く。一帯をくまなく探索するも、シュライクと遭遇することはおろか、ヘット・マスティーンを見つけることもなく、なんら新しい手掛かりを得ることができなかった。

疲弊した一行は、ついにスフィンクスのかたわらでキャンプを設営し、夕食を取って夜に備えた。夜中、レイミアがふと目を覚ますと、同じテントにいるはずのホイトがいなくなっていることに気付く。テントの外はひどい砂嵐である。レイミアの姿に気付いたカッサードが、「あっちへ行った!」と<スフィンクス>を指さす。ホイトが出ていったのは、どうやらついさっきの事のようだ。カッサードはみなを置いてはいけないと言う。レイミアは単独で砂嵐の中ホイトを追うことにした。

1-4

セヴァーンは軍のブリーフィングに出席していた。といっても発言権があるわけではなく、宮廷画家としてその場にいるだけある。セヴァーンが理解したことと言えば、FORCEはいたく自信満々であることと、その説明の冗長さについてであった。セヴァーンはうんざりして、吸い込まれるようにしてバーへと入った。しこたま飲んで泥酔し始めたころ、ダイアナ・フィロメルが話しかけてきた。断片的な意識の中では、どうやらセヴァーンは彼女の肖像画を描くことになったらしい。

1-5(セヴァーンの夢)

カッサードはレイミアを追っていた。カッサードはレイミアにうそをついていた。レイミアを餌にすれば、シュライクが現れるだろうと踏んだのだ。

ホイトはレイミアの予想通り、<翡翠碑>の中に入っていた。ホイトは抑えられない激痛により、半ば狂乱状態に陥っていた。抗えない激痛が、彼を<翡翠碑>へと導いたのだ。レイミアは<翡翠碑>の中でホイトを見つける。しかし、そこにいたのはホイトだけではなかった。シュライクがいた。シュライクが消えたのち、ホイトは激痛が消えていることに気付いた。そしておびただしい出血とともにホイトは意識を失った。

1-6

セヴァーンとダイアナは一夜を共にし、気付くと翌朝であった。グラッドストーンとの約束の時間に十四時間も遅れている。目覚めると浴室に行き二日酔いの薬を探す。寝室に戻ると、そこにはごつい男が二人いた。逃げる間もなく、捉えられ、そして意識がもうろうとし始めた。自白剤を打たれたらしい。セヴァーンは、自らがサイブリットであることや、ハイペリオンでの出来事を夢で見て、それをグラッドストーンに報告していることを話す。そして自身が生まれたのがオールドアースであること、戦争の帰結に対するコアの予測はウェブの崩壊であることも。つかの間、爆発音が響いた。次に目と耳にしたのは、CEO補佐官であるリイ・ハントの姿と声であった。

1-7

セヴァーンは再び軍のブリーフィングに出席していた。戦況は想定よりも良くないらしい。FORCE情報部の誤りが露呈した形だ。AI顧問のアルベドは予測を後出しして、モルプルゴたちの怒りを買った。

ブリーフィングの後、セヴァーンとグラッドストーンは会見した。グラッドストーンアウスターとの戦争の本質には人間と機械の対立があることを見抜いている。グラッドストーンはダイアナたちにわざと尋問させたことを認めた。ダイアナ達の肉体は処分され、脳だけが機器に直結されて当局に尋問されるという。グラッドストーンも必死なのだ。グラッドストーンは、人間と機械のどちらが最終的に滅びるのかをセヴァーンに問いかけた。セヴァーンは、遺伝的には人間でありながらコアにも属している。一方で人間的素朴さを持ち合わせず、コアの恐るべき意識も共有していない。人間でも機械でもないセヴァーンにはその問いに対する答えを持ち合わせていなかった。

1-8(セヴァーンの夢)

カッサードがたどり着いた時にはすべて終わっていた。ホイトは聖十字架の力と医療パックのおかげで辛うじて生きていた。とはいえ、出血はひどくいつ死んでもおかしくない状態であった。レイミアとカッサードは、ほかの巡礼者たちと合流すると、領事の宇宙船を呼び寄せることで意見の一致をみる。宇宙船の医療施設ならホイトを蘇生させる見込みがあったからだ。なにより、巡礼者たちはこのすさまじい砂嵐を避けたかった。しかし、宇宙船の発艦許可は下りなかった。グラッドストーンが許可証を上書きしたのだ。カッサードは動体反応を検知して砂嵐の中に消えていく。死に行くホイトを止めることは誰にもできず、ついに医療パックは彼の死を意味する警告音を鳴らした。砂嵐は収まりつつあったが、代わりに雨が降ってきた。一行は朝まで<スフィンクス>に避難することにした。

1-9

次の日の早朝、挨拶のようなちょっとした政治的駆け引きの会話の中から、グラッドストーンが本心から提案してきたのは、ハイペリオンへ行ってみないかということであった。グラッドストーンはセヴァーンが報告する夢の全てを信用するわけではないが、歴史に名を残す詩人の観察眼、その天賦の才能には一目を置いていた。義務ではないと言いつつも、それは半ば強制であった。リイ・ハントとともに、ハイペリオン星系に駐留する旗艦へ転位し、降下艇に移ってハイペリオンへ向かう間、セヴァーンはずっと考えていた。セヴァーンにとってハイペリオンへ向かうことの一抹の不安は、ハイペリオンにはコアのメガスフィアが存在しないということだった。FORCEは独自のネットワークを保持しているため、ハイペリオン星系ではセヴァーンはコアとの接続が断たれることになる。ところが、思いのほかその喪失感は無かった。確かにウェブ内とは違うが、どこか遠くにメガスフィアの存在を感じる。言い換えれば、それはコアがハイペリオンの状況を知り得ることを意味していた。セヴァーンは降下艇の程よい振動の中でまどろんだ。

1-10(セヴァーンの夢)

一行は<スフィンクス>の一室で風と雪をしのいだ。ソルはレイチェルに哺乳パックを与えているうちに眠った。夜半、目を覚ましたのは、突如として轟音が鳴り響いたからだ。その音は、断続的に<スフィンクス>の外から聞こえた。音の正体は、カッサードのライフル、あるいはカッサードが対峙する相手のものだと、一行は想像した。

1-11

ハイペリオンの首都・キーツは夜だった。出迎えたのはハイペリオンの総督であるシオ・レインである。シオたちは、巡礼者たちが六日前に立ち寄った<シセロの店>で朝食をとった。セヴァーンはそこにメリオ・アルンデスがいることに気付いた。アルンデスは、時間の墓標が開きつつあることに気付いた一人であり、調査への情熱とレイチェルへの愛情を未だに失ってはいなかった。今のセヴァーンに出来ることは何もなかったが、出来ることはすると約束した。セヴァーンとリイ・ハントは足早にハイペリオンを去りガバメントハウスへ戻った。

1-12

セヴァーンが戻ったとき、グラッドストーンは長い演説を終えようとしているところだった。開戦してからわずか二日足らずにも関わらず、政府内部ではすでに反戦論が醸成されつつあった。リイ・ハントは、その後の晩餐会と、軍のブリーフィングに参加するようセヴァーンに伝えた。セヴァーンはそれまでの間、ひと眠りでもしようかと思った。

1-13(セヴァーンの夢)

カッサードは攻撃を受けた。それもシュライクが持っていそうな刃によるものではなく、カッサードと同等の軍用兵器によって。カッサードは、相手がモニータだと確信した。カッサードは相手の弾道を解析し、相手が<クリスタル・モノリス>に居るであろうことを突き止める。カッサードは相手の攻撃をかいくぐりつつ、牽制攻撃を与えモノリスへと接近する。カッサードがモノリスに足を踏み入れると、上階に一つのシルエットが待っていた。

1-14

晩餐会おいてセヴァーンが着いた席には、モルプルゴ大将やアルベド顧問官、そして、あのサイリーナスを世に出したタイレナ・ワイングリーン=ファイフがいたが、特にセヴァーンが興味を持ったのは、かつてデュレ神父の友人であった、エドゥアールであった。エドゥアールは自らの教義を「人類が神を知り、神に仕えることを手助けすること」だと語り、アルベドに対してコアも同じ目的を持っているというのは本当ですかと問いかけた。思わずセヴァーンは重ねて問いかけた。コアは究極知性を求めるうえでオールドアースのレプリカを作ったのは本当かと。一瞬、表情を逡巡させるアルベト。そして、フロア全体の沈黙。エドゥアールが機転を利かせて場の空気を戻したが、アルベドグラッドストーンとハントはセヴァーンを見つめたままだった。

1-15

晩餐会の後のブリーフィングでは、戦況のさらなる悪化が明らかになった。軍が説明するところによれば、現状では戦線の維持も難しく、攻勢に出るには少なくともあと二百隻の艦艇が必要とのことだった。これには出席者が騒めいた。FORCEは全戦力をもって六百隻強である。増派を決定すれば、FORCEの三分の二がハイペリオンにくぎ付けとなるからだ。しかし、今度のFORCEのシミュレーションにはコアのお墨付きが付いていた。増派に反対したのは、ウイリアム・アジャンタ・リー中佐だけであった。

続く。

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没後70年 吉田博展

吉田博展に行ってきました。

www.tobikan.jp

吉田博という人を、私は今回初めて知ったのですが、その仕事に対する姿勢や、生き方について、強く刺激を受ける美術展でした。吉田博について学んだことを、少し紹介したいと思います。展覧会の会期は2021年1月26日(火)~3月28日(日)です。興味のある方は是非どうぞ。

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概説

1876年(明治9年)、旧久留米藩藩士・上田束秀之の次男として久留米市に生まれる。中学修猷館に入学すると、15歳のとき、図画教師であった吉田嘉三郎に画才を見込まれ、吉田家の養子となった。吉田は幼くして、野山を歩き回り、その風景を描くことを好んだ。放浪と風景写生という様式は、吉田の生涯を一貫するものである。そのような学生時代の吉田は、学友たちに「絵の鬼」と呼ばれた。

1899年(明治32年)、23歳のとき、横浜を出発してアメリカへ向かう。当時の洋画界は、黒田清輝の白馬会が台頭し、国費でフランスへ留学する若者が多かった。彼らに対抗する旺盛な反骨精神が、吉田の渡米の背景にあった。この旅行においては、デトロイトでの美術展を皮切りに、吉田は大いに成功して多額の売上金を得た。手ごたえを感じた吉田は、1901年に帰国するまで歴訪し続け、アメリカだけでなくヨーロッパ各地でも成功を収めた。帰国したころには、国内の評価も高く、当時、白馬会の勃興で勢いを失いつつあった明治美術会を引き継ぐ形で、吉田は太平洋画会を創立した。若干、26歳のときである。

吉田が木版画へ傾倒し始めるのは、1920年の頃である。すでに吉田は44歳であった。当時、版画は日本国内では人気を完全に衰退させ、版画と言えば日本画家がやるものであって、洋画家がやるものではない、という考え方が主流であった。吉田の版画制作は、これら版画の復興を目指した版元である渡辺庄三郎との出会いが始まりであった。伝統的な版画は、版元を中心に絵師、彫師、摺師が分業する。吉田は当初、渡辺という版元を中心に分業して、版画を出版するだけであった。この流れは後に新版画と位置づけられる。しかし、吉田はさらに独自の版画を生み出していくことになる。

そのきっかけは、1923年(大正12年)の関東大震災であった。震災により、版木の多くが焼失し、被災した仲間を救う目的で、吉田は作品販売のために三度目の渡米を行った。このとき、意外にも好評を得たのが木版画であった。吉田は、そこで日本人による油彩画、水彩画が相手にされず、粗悪な浮世絵版画が高額で取引されていることに慷慨し、自らの商機を木版画に見出した。以降、吉田の画業は木版画への傾倒を強め、版元を持たずに自らが彫師と摺師を抱える私家版の制作に乗り出した。吉田は「職人を使うには自らがそれ以上に技術を知っていなければならぬ」という信念のもと、自らが制作し、自らが出版する体制に拘った。

吉田の目は、常に海外に向いており、人生を通してアメリカ、ヨーロッパを放浪し続けた。後年にはインドに赴くなど、吉田の海外への好奇心は並々ならぬものであった。しかし、第二次世界大戦が始まると、陸軍省嘱託の従軍画家として中国に派遣され、中国各地の風景版画を残した。一方で、軍部の国威発揚に影響されてか、日本風景に回帰する一面も見られた。吉田の作品は、日本国内よりもむしろ海外で輝き、その代表作は、時代が下って故ダイアナ妃の執務室を飾った。

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1945年、終戦を迎えた吉田は既に69歳であり、新作は既に久しかったが、海外でこそ有名な吉田の自邸は進駐軍のサロンとなった。自邸が進駐軍によって接収されそうになった折、吉田自身がマッカーサーに直談判したとされ、その行動力は老いて益々盛んであった。1950年(昭和25年)、吉田は老衰のため自邸にて永眠した。享年73歳。

吉田博の版画

日本の伝統的な木版画は、浮世絵の成立と、その発展に根ざしている。その制作手法は、版元を中心に、絵師・彫師・摺師が分業するのが基本であったが、浮世絵や版画が商業的に成功するにつれて、版画の創作的側面は弱まり、工業的側面が強まった。一方で版画の商業的成功は短く、吉田が活躍することには、すでに版画は時代遅れの不人気の芸術であった。この版画を復興せしめんとした二つの潮流がある。ひとつは、いっそのこと版画の分業を廃止し、一人の人間が描き、彫り、摺ることによって美術性を押し出そうとした創作版画であり、もうひとつは、分業はそのままとし、伝統的な工程の中から新しい技法を生み出そうとした新版画である。

吉田と版画の出会いは新版画において起きた。吉田が版元とした渡辺庄三郎は、版画店を営む版元であり、自らが版画家でもあった。渡辺の版画復興の試みは、後に新版画と呼ばれ、吉田の版画制作に影響を与えた。最終的に、吉田が版画制作で行き着いたのは、自らが描きつつ、彫りと摺りを職人に任せて厳しく監督するという、新版画でも創作版画でもないものであった。吉田の作品の余白に書かれた「自摺」の文字は、自らの監督のもと摺られた作品であることを意味する。吉田は描くだけでなく、彫りと摺りの技術も研鑽し、「別摺」なる新しい表現も生み出した。これは同じ版木を使いながらも、着色と摺りに違いを持たせることにより、例えば同じ風景でありながら、昼と夜という別作品を作り分けるものであった。代表作である「帆船」は、同じ版木から、朝、午前、午後、霧、夕、夜という実に6つの作品が作られている。吉田は版画の質そのものにもこだわった。吉田の版画では、ひとつの版画を制作するために必要な版木は平均6枚、摺りの回数は平均30回に及ぶ。これは伝統的な版画の工数を大きく上回るものであった。絵の鬼と呼ばれた男の真骨頂と言えよう。

吉田の特徴の一つに、常に販路を意識している点にある。若くして渡米し、巨額を稼ぐ成功者であったからにして、すでにそれは明確ではある。吉田は、山岳画家と呼ばれるように、風景画を得意とし、人物描写を得意としなかった。にもかかわらず、当時洋装は既に珍しいものではない中で、人物描写において吉田は常に和装を描いた。これは、欧米の市場を意識したものだとされる。故に、吉田は生涯を通じて困窮とは無縁であり、豊富な資金力が吉田の漂泊を支えた。自らを画家としながらも、彫師と摺師を自ら抱えるという制作方式は、商業と芸術の両輪を回した吉田にしかできないことであった。

参考文献

  • 『没後70年吉田博展図録』2021年

yoshida-exhn.jp

2020年ウィンターセール購入品

遅まきですが、Steam のウィンターセールで以下の5作品を購入しました。

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2020年ウィンターセール購入品

  • メガクアリウム
  • ペルソナ4ゴールデン
  • ステラリス
  • オクトパストラベラー
  • プラネットズー

ウィッシュリストの中から、一万円以内になるように調整して選びました。

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5作品で1万円以内

この5作品で一万円って相当お得ではないでしょうか。Steam の大型セールはすごいなあ。一万円で半年以上は余裕で遊べますよ。

それぞれ、レビューを残していきたいと思います。

Megaquarium

水族館運営シミュレーションゲームです。同じタイミングで『Planet Zoo』を購入しているあたり、この手のゲームに対する熱が上がっています。むかし、マイクロソフトから『Zoo Tycoon』と呼ばれる、動物園運営シミュレーションの決定版がありました。動物園と水族館とジュラシックパークが合わさったコンセプトで随分と遊びました。また、ああいう感じのゲームがやりたいなと思い、同じ匂いがしたので購入しました。

yayoi.tech

Persona 4 Golden

ペルソナ5が私にとっての初ペルソナだったのですが、これがすごくハマりましてね。ストーリーがとてもよかったのです。ゲームとしては型落ち感があるかもしれませんが、私はむしろストーリーに期待して購入しました。

Stellaris

いわゆる 4X のジャンルに入るストラテジーゲームに当たります。この手のジャンルでは、シヴィライゼーションシリーズが筆頭に上がりますが、あれは競技性が高すぎて最終的に私がのめりこむことはありませんでした(Civ5で160時間くらい)。しかし、ステラリスは勝利という結果よりもむしろ過程を楽しみ、ロールプレイに近い要素もあることを知って食指が動きました。開発元の Paradox といえば、かつて『Crusader Kings』をプレイしたことがありますが、かの作品も結果よりも過程を楽しむことに重点を置いたゲームでした。

OCTOPATH TRAVELER

JRPG がいざぎよく JRPG に舵を切ってきたゲームですね。Youtube でネタプレイ動画を見たのがきっかけですが、もともと評価は悪くないので購入しました。プレイ動画は購入を決める重要な材料です。一番期待しているのはストーリー性です。そこにゲーム性が十分にあればなおのことよし。ちなみに、オクトパスはタコのことだと思っていましたが、OCTOPATH という完全な造語でした。

Planet Zoo

動物園運営シミュレーションゲームです。『Megaquarium』はカジュアルよりですが、こちらはリアルよりです。PCのスペックを要求される点と、自由度が高くて難易度的に自分自身に遊びこなせるかという点において、ちょっと心配な作品です。

【レビュー】Megaquarium

『Megaquarium』は水族館運営シミュレーションゲームです。

store.steampowered.com

良かった点

  • 豊富な生物種
  • ほどよい制限
  • 優れたレベルデザイン
  • 統一的なグラフィックと音楽

悪かった点

  • ゲーム性が単調
  • 水棲の哺乳類・鳥類がいない

本文

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プレイ時間は64時間

まず、飼育できる生き物の種類は豊富です。熱帯性、寒帯性の生き物がおよそ100種類用意されています。それぞれに、好むエサ、体格、攻撃性、群れを成すかどうかなどの細やかな個性(飼育要件)が設定されていて、ひとつの水槽でどのように生き物たちを飼育するかという管理を面白くさせています。ただし、生き物たちのコラボレーションはゲーム上に何ら反映されるものではないところが少し残念なところです。

『Megaquarium』では水槽を自在にレイアウトすることはできません。あらかじめ形が決まったいくつかの種類の水槽が用意されていて、それらを配置していくことになります。したがって、決められた形の水槽の中から、いかに自分が思い描く水族館を作るかという、レイアウト面に面白さが生まれています。しかし、逆の見方をすれば、ただ水槽を配置していくだけでは、同じような水槽が単調に並ぶだけの水族館になることになります。

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俯瞰で箱庭感を楽しむ

取り扱うことのできる生き物や施設は、水族館に付与されているランクによって決まります。ランクは、来場者の評価によって決まり、ランクアップによって取り扱えるアイテムがアンロックされていきます。つまり、ゲーム序盤から全てのアイテムを使えず、徐々に使えるアイテムが増えていくという、初心者にもとっつきやすいレベルデザインになっています。一方、上級者向けにはサンドボックスモードでアンロックを自在に設定できるため、最初から大型の水族館も作ることができます。

グラフィックはリアル志向ではなくカジュアルです。視点を一人称視点にしてじっくり生き物を観察することもできますが、これはグラフィックのカジュアルさとはあまり相性は良くありません。どちらかと言えば、チマチマと動く生き物や来場者を俯瞰で眺めて楽しむという、箱庭的な楽しさが強いです。また、サウンドも環境音だけでなくBGMがきっちり用意されています。BGMはプレイ中延々と聞き続けることになりますが、これが雰囲気に合っていて嫌にならない、よくできたBGMだなと思いました。

ゲーム全体の設計がカジュアル志向であるということは、一方で、そのゲーム性はやや単調です。自由度はそれほどな高くなく、用意された制限の中で楽しむことになるので、結局、最終的に行き着くプレイが同じになりがちで、リプレイ性は高くありません。自分の中の最適解を見つけてしまうと、それで終わってしまう印象があります。前述した通り、生き物の種類は多いため、生き物たちのコラボレーションが何らかの形でゲーム上に反映される仕組みがあると、複雑性と深みが増すのではないかと思いました。

また、生き物の種類は多いとはいえ、それは魚類や水棲の無脊椎動物に限定されています。それはそれで水族館として成立はするでしょうが、私たちが良く思い浮かべるであろう、イルカ、アシカ、ペンギン、カエルなどといった、水棲の哺乳類・鳥類・両生類などは一切登場しません(ウミガメはいます)。これは少々さみしいです。また、現実の水族館でいえば常設展示に当たる要素しかないため、イベント、パフォーマンス、ショップなどのアトラクション要素に不足を感じます(一応トークショーやギフトはありますが簡素です)。

日本動物園水族館協会によれば、動物園や水族館には以下の4つの役割があるとしています。

  • 種の保存
  • 教育・環境教育
  • 調査・研究
  • レクリエーション

こういった本来の水族館の目的が、ゲーム上に反映されるとゲーム性に奥深さが生まれるのではないかと思います。とはいえ、すでに『Megaquarium』は十分なゲーム性を備えた楽しいゲームになっています。日本語化もされています。

素晴らしいことに、『Megaquarium』は以下の Dev blog の通り、2020年12月時点でもまだ開発が継続中です。現行のゲームデザインが大幅に変更されたり、大きなコンテンツが追加されることは無いかもしれませんが、細やかな部分はどんどん改善されていきそうです。

store.steampowered.com

最近のゲームは、パッケージ販売でも売って終わりというゲームは少なくなりつつあります。今後の開発陣の情熱に期待しましょう。

【レビュー】サイバーパンク2077~ありがとうCD PROJEKT RED

【ネタバレ無し】12/10(木)に発売されたサイバーパンク2077の感想を残しておこうと思います。

www.spike-chunsoft.co.jp

www.cyberpunk.net

改めて説明するまでもないかもしれませんが、サイバーパンク2077はポーランドのゲーム開発会社である CD Projekt RED が開発したアクションRPGです。2077年という近未来、カリフォルニア州のナイトシティという架空の都市を舞台としたオープンワールド系のゲームです。

売上は予約時点で800万本を超え、12/20には累計1300万本を超えたと公式発表されています。さらに、予約分の売り上げが、すでに開発費と広告費の全額を越えている見込みを発表しています。一方で、発売前には当初4/16であった発売日と9/17に延期し、その後、11/19、12/10と、最終的には累計で3度に渡って発売を延期し、開発の困難さを露呈しました。延期に至らせた品質の向上に関しては、発売時点でも十分であったとはいえず、多くのバグを抱えた本作は批判を受け、返品対応やダウンロード版の販売中止などが発生しました。

さて、ではひとりのプレーヤーからみたサイバーパンク2077はどうでしょうか。私は、発売日に購入し、12/31今日時点でプレイ時間は100時間を超えた位です。メインストーリーは一通り消化し、いわゆる一週目はクリアした状態です。今は、二週目をプレイ中で、一週目で消化できなかったサイドジョブや選択肢を楽しんでいるところです。プラットフォームはPS4(通常版)のダウンロード版です。

まず、世間でも騒がれているバグ、つまりゲームとしての価値の前に、製品としての品質について言及したほうが良いでしょう。残念ながら、品質に関しては褒められた状態ではないのは間違いありません。一番困るのはプレイ中にフリーズして落ちることでしょうか。これは数時間に一度の頻度で発生しました。ただし、オートセーブやクイックセーブが用意されているので、いきなり終了しても致命的なことはありませんでした。とはいえ、クリア後のエンドロールで強制終了したときはさすがに興ざめして閉口しましたが。進行不能バグもあるようですが、私は幸い遭遇することはありませんでした。一部のサイドジョブは一時的に進行できないものもありましたが、最終的に進行不能という状態になったことはありません。一部の界隈では返品や訴訟などの問題として大きくなっているものの、遊べないレベルのものではなく、作品自体はむしろ遊んで十分楽しいものです。なお、私のプラットフォームは通常版のPS4であるからにして、最もバグに遭遇する頻度が高いプレーヤー層の一人であることは間違いないでしょう。その私が、サイバーパンク2077は十分楽しめる品質に至っていると判断しています。CD Projekt RED の前作であるウィッチャー3もバグが多かったことを顧みれば、サイバーパンク2077の品質も今後改善されていくことが期待できます。低い品質の原因については推測の域を出ませんが、コロナ禍の影響を除けば、発売時期がPS4とPS5の過渡期に当たったというのが主な原因ではないかと思います。PS4ではグラフィックの劣化ぶりが騒がれましたが、実際、PS4でプレイする私でも読み込みの遅れは、ほぼ常時発生していました。サイバーパンク2077は、どちらかと言えばPCのフラッグシップモデルで最適化されていました。開発元の CD Projekt RED は、コンシューマーゲーム機での映像表現について、広報の考慮が足りていなかった旨を公式に発表しており、これが同社の返品対応へと繋がっています。

次にゲームとしての本質について少し触れます。ウィッチャー3のプレーヤーであった私にとって、サイバーパンク2077の挑戦は一人称視点(FPS)であったということです。これにより、結果的に何がもたらされたかというと、主人公であるVの個性が前面に出るのを抑え、プレーヤーをより主人公としての立ち位置に寄せることになりました。ウィッチャー3はゲラルトという強烈な個性をもった主人公を三人称視点で描くことで、プレーヤーは主人公に共感する傍観者でしかありませんでした。これは、最終的にどちらが好みかという結論に帰着するものの、プレーヤー自身が物語の主人公になってほしいという開発側の意図をくみ取れるもので、それは十分機能していると感じました。その点で、キャラクターメイキングで選択できる性別は、プレーヤー自身の性別認識に添ったほうが良いだろうと思ったくらいです。自分自身を男性だと認識するプレーヤーが女性主人公を操作すると、プレイしていてどことなく違和感を感じます。それはプレーヤーが主人公の傍観者ではなく、主人公そのものであることを意図しているからであろうと推測します。

ゲームとしての本質に関しては、ゲーム性と物語に分けることができます。ゲーム性は一人称視点という特徴に加えて、アクション面に着目することができます。サイバーパンク2077は主に、FPSとしてのアクションに注目が向きがちですが、実はそれだけにとどまらない多様なプレイ体験を実装しています。主人公のビルドによっては、全くの別のゲームではないかと言えるほど、ゲーム体験に違いがあります。まず、本来FPSを独擅場とする銃火器について、言わずもがな多くのバリエーションがあります。ハンドガン、マシンガン、ショットガンと言った従来の種別に加えて、それぞれの武器種がパワー、テック、スマートといった独自の分類に分けられています。それぞれの分類に対して使い勝手が異なるので、同じハンドガンという種類を使ってもゲーム性がかなり違います。ただ目標をエイムして引き金を引くだけの行為にバリエーションを持たせたことは、ゲーム性の向上に高く貢献しています。例えば、グランドセフトオート5(以下、GTA5)は、近代的な街並みを自由に歩き回るという点で、サイバーパンク2077と似た印象を持つことができます。ただ、GTA5には武器の違いはあれど、エイムしてトリガーする単純作業に違いがありませんでした。フォールアウト4(以下、FO4)では、V.A.T.S. と呼ばれるコマンド式のシステムがエイム・トリガーの単純作業に幅を持たせることに成功しました。ほかにもバイオショックや、ボーダーランズなど、FPSというシステム性でRPGの分野に進出したゲームは、いずれも単なるエイム・トリガーにならないような工夫が見られます。今では、純粋なエイム・トリガー型のゲームは、競技性を強めてEスポーツの分野へと進出し、あくまでも一人遊びであるRPGの中では、もはや選ばれにくい選択肢かもしれません。サイバーパンク2077は、RPGFPSを実現するための、ひとつの解をまた生み出しのではないかと思います。個性的な武器で飽きさせない特徴は、どことなくボーダーランズと同じ方向性を感じました。銃火器だけではありません。近接武器にもかなり力が入っています。サイバーウェアやパークを組み合わせると、一方的に敵をなぎ倒していくことができます。ステルスプレイに徹しようとすれば、メタルギアソリッドのようなプレイ感を得ることもできます。さらに、クイックハックなどを駆使すれば、それこそ攻殻機動隊さながらに、電脳戦で一方的に相手を無力化することが可能です。とにかく、自分が目指すプレイスタイルによって、その都度新しいサイバーパンク2077を知ることになります。

物語に関しても大きく舵を切ってきました。発売前からすでに言及されていたことですが、メインストーリーはウィッチャー3に比べるとだいぶ短くなっています。それでも、プレーヤーを飽きさせない牽引役として物語は十分に機能していました。もし、ボリューム不足を感じたのであれば、これから予定されているダウンロードコンテンツに期待しても良いのではないでしょうか。私は、何の事前知識もなくサイバーパンク2077を遊び始めた口ですが、グイグイと引き込む展開の中で、明らかになる深いテーマ性と、壮大な世界背景には意外な気持ちがしました。サイバーパンク2077にどのようなテーマを見出すかは、プレーヤーそれぞれだと思います。私は、サイバーパンク2077が狙っているテーマは、生き方と死に方、つまり死生観だと思います。科学技術の発展により、肉体と機械と精神は、より不可分になっていきます。それに付随する問題は数多くのSF作品がテーマとして扱ってきました。サイバーパンク2077もその系譜の一つと言えるでしょう。どんなに、科学技術が発展しても、生まれて死ぬという生命としての宿命は避けられません。そこから生まれる苦悩や幸福に関しては、原始の頃から全く変わらないものです。人間は変わっているようで全く変わっていないのです。でも、もしそれが変わるとしたら……。もし、まだプレイしていない人がいたら、もしクリアしていない人がいたら、ぜひ自分だけのストーリーを全うしてください。

思えば、CD Projekt RED のゲームを遊ぶのはウィッチャー3以来のことでした。それは、血塗られた美酒にて、ゲラルトにカメラ目線で微笑みかけられて以来の再会です。私は、あのエンドロール直前の最後のシーンこそが、CD Projekt RED の姿勢の神髄だと思っています。彼らのものづくりの先には、常にプレーヤーである私たちがいます。作中の主人公がプレーヤーに直接メッセージを送る手法は、今までにない感動を私にもたらしました。その感動の熾火が私をサイバーパンク2077へと仕向け、彼らの誠意に当てられたからこそ予約販売が800万本を超えたのです。彼らの誠意はまだ健在です。返品対応もその一つです。彼らはプレーヤーに対して誠実であり続けています。

私が、サイバーパンク2077の感想として言いたいことは一言なのです。ただ、ありがとう、その一言なのです。度重なる発売延期とコロナ禍の中で、開発会社内ではクランチと呼ばれる過労状態があったことも報道されました。彼らは、そしてサイバーパンク2077は、十分に私の期待に応えてくれました。こんなゲーム体験を提供してくれて、本当にありがとう。発売日が12/10という年末に延期されたことで、私はむしろ充実した年末を過ごすことができたかもしれません。一日中ゲーム漬けになるのは久しぶりのことです。おかげで、私なりに良い年を迎えることができそうですよ。本当は、もう少し早くサイバーパンク2077について書きたいところだったのですが、ついついプレイを優先してしましました。

それでは、最後に一言。

「よお、チューマ。いい年を迎えろよ。」(森川智之さんの声で)

【PS4】サイバーパンク2077

【PS4】サイバーパンク2077

  • 発売日: 2020/12/10
  • メディア: Video Game

ルパン三世 THE FIRST~ブレイク・スナイダー流に解析する物語の構造

物語の管理を主力とする業界では、この本は当たり前の本でもあるらしいです。門外漢の私にとっては、そういった当たり前の本と出会うことも難しかったりするのですが、それゆえにいざ出会って読んでみると、この手の本は目から鱗が落ちるような経験をすることが多いです。

ところで、11月27日、『ルパン三世 THE FIRST』が地上波で初放送となっていました。

lupin-3rd-movie.com

せっかくなので、『ルパン三世 THE FIRST』を『SAVE THE CAT』流に分析したいと思います。

本当のジャンルとは

『SAVE THE CAT』が面白いのは、物語のジャンルに新しい軸を作ったことです。ブレイク・スナイダーはこれだけとは限らないと釘を刺したうえで、以下のジャンルを提唱しています。

  1. 家の中のモンスター
  2. 金の羊毛
  3. 魔法のランプ
  4. 難題に直面した平凡な奴
  5. 人生の節目
  6. バディとの友情
  7. なぜやったのか?
  8. バカの勝利
  9. 組織のなかで
  10. スーパーヒーロー

一般的に、物語のジャンルと言えば、アクション、ホラー、コメディ、SFなど、そういった類のジャンルを思い浮かべると思います。ブレイク・スナイダーが提唱するジャンルは一見、何なのか良く分かりません。しかし、この新しいジャンルで物語を見てみると、思いもよらない二つの作品が、実は同じジャンルということがあります。例えば、『スター・ウォーズ』と『オーシャンズ11』が同じジャンルとは俄かには信じられないことでしょう(ちなみに、両者はどちらも金の羊毛というジャンルです)。

では、今作『THE FIRST』のジャンルは何でしょうか。私はバディとの友情だと考えます。ひとつひとつのジャンルの説明は『SAVE THE CAT』を実際に読んでもらうこととして、バディの友情とは、反発しつつも信頼関係を築いていく過程を物語にしたものです。ルパン三世シリーズはおおむね、バディとの友情を主軸に置きつつ、異なるジャンルを隠し味として加える手法を取っています。ルパン三世が、作品によって印象を異にするのは、隠し味として加えられているサブジャンルが異なるからです。例えば、『ワルサーP38』では、家の中のモンスター、組織のなかで、といったサブジャンルが加えられています。家の中のモンスターというジャンルは、ジョーズやエイリアンに共通するもので、極限の緊張感を特徴とします。『カリオストロの城』は、金の羊毛というサブジャンルが加えられています。カリオストロの財宝を狙ったルパンが得たものは、最終的に財宝ではなく、過去との決別、主人公たちの精神的な成長だけでした。今作のサブジャンルをあえて考えるとすれば、人生の節目でしょうか。リティシアがランベールという養育者から自立していく物語と、今作を捉えることもできます。

主人公は誰か

結論から言えば、今作の主人公は、リティシアです。実はルパン三世シリーズの主人公は、ほとんどの場合ルパンではありません。何故かというと、ルパン三世シリーズは認知度を高めコンテンツとして成熟するにつれて、主人公であるルパンが主人公の役割を全うしにくくなったからです。これは、長く続くシリーズ物の宿命でもあります。この問題の解決策として、ルパン三世シリーズはルパンではなく、ゲストキャラクターに主人公の役割を負わせるようになりました。

では、物語における主人公の役割とは何でしょうか。それは、視聴者に共感してもらうことです。そして、共感してもらうためには、主人公は決定的な問題を抱え、その問題を解決することによって、変化していくことが求められます。問題を抱えず、変化しない登場人物は主人公の役割を全うできません。

今作のルパンは何も問題を抱えず、何も葛藤せず、何も変化しません。これは次元、五右衛門、不二子、銭形をとっても当てはまります。変化すべき対象として捉えられるのは、常にリティシアだけです。葛藤を持つ者だけが主人公となります。

ビートシートに当てはめる

『SAVE THE CAT』ではブレイク・スナイダー・ビート・シートという物語のテンプレートを紹介しています。このテンプレートは、英雄の旅と呼ばれる神話に通じるものでもありますが、その詳細は『SAVE THE CAT』を読んでください。ここでは、『THE FIRST』を実際にビートシートに当てはめることで、物語の展開を分析します。

  • オープニング・イメージ
    • アバンタイトルまで。ブレッソン教授が、娘夫婦に日記を託して自宅から逃亡させる。ブレッソンはその直後に突入したナチス兵たちの凶弾に倒れる。逃亡を図った夫婦もナチスの追跡を受け、カーチェイスのすえ事故死する。生き残ったのはまだ赤ん坊である夫婦の娘・リティシアだけ。追跡者であるランベールも負傷し、リティシアが抱いていた鍵のみを奪って現場から逃亡する。
    • この時点で、登場人物の名前までは明かされないが、主要な人物であるリティシアとランベールは登場している。この事件を発端にしてリティシアには強力な運命の拘束が待ち受けているであろうことを視聴者に予感させる。
  • テーマの提示
    • リティシアは日記を盗む過程で、同じく日記を盗もうとしたルパンと鉢合わせする。「泥棒は嫌々やるもんじゃねぇぜ」ルパンはリティシアを見た直後から、リティシアが本心から日記を盗もうとしていないことを見抜く。このセリフは、序盤だけでなく物語の節目で幾度となく形を変えて表現される。
  • セットアップ
    • 最終的に日記を奪い去ったのはランベールに雇われた不二子であった。盗みが不調に終わったルパンは銭形に捕縛されるが、次元と五右衛門の助けによって解放される。冒頭の日記の争奪戦によって、ルパンシリーズの主要となる登場人物はすべて出そろう。一方、ゲストとなる登場人物も同様に出そろう。ランベールの背後にいるゲラルトと呼ばれる男の存在が明らかになる。
  • きっかけ
    • リティシアとルパンの出会いが、リティシアへのきっかけとなっている。しかし、リティシアは簡単には変化しない。簡単に変化するような変化には意味がないからだ。リティシアはルパンに協力するふりをしてランベールに通じ、ルパンを利用しようとする。
  • 悩みのとき
    • リティシアには、考古学に対する非凡な情熱と才能ゆえに、ボストン大学への進学という夢があった。リティシアは、進学にはランベールの賛同と援助が不可欠と考えており、そのリティシアの思いを逆手に取るランベールは、リティシアの才能を私欲のために利用していた。リティシアもまた、ランベールのために本心ではないことをすることに葛藤があった。世界の何が変化すべきなのか、視聴者は理解する。
  • 第1ターニング・ポイント
    • 日記には、エクリプスと呼ばれるエネルギー発生装置に関する情報が記載されていた。ルパンの助けによって日記を得たリティシアはルパンに銃口を向ける。ルパンはランベールたちに拘束される。しかし、リティシアは、ゲラルトがナチスの復活を目指すアーネンエルベの一員であること、そしてエクリプスをそのために利用しようとしていることを知ると、激しく葛藤する。ゲラルトは真実を知ったリティシアを殺すべく迫るが、間一髪リティシアを救ったのがルパンであった。
    • リティシアはこの第1ターニング・ポイントをもって、ルパンを利用する立場から、ルパンに協力する立場となる。同時に、ランベールの束縛と庇護を受ける立場から、自立した立場となる。この変化は不可逆である。リティシアは、自らが背負っていた運命の拘束を、自らの力で解く第一歩を踏み出した。
    • リティシアが機内からパラシュート無しで追放されるシーンは、閉鎖的な環境から開放的な新世界への変化を象徴している。また、パラシュート無しで飛び込んだ(飛び込まざるを得なかった)リティシアを救ったのがルパンであったことは、リティシアがまだ導き手を必要としていることを示唆している。
  • サブプロット
    • ルパンシリーズにおけるサブプロットは、ルパンシリーズを象徴する掛け合いと取ることができる。ブレイク・スナイダーによれば、サブプロットはロマンスの形を取ることが多いとされ、ルパンシリーズもまた例外ではない。本作のヒロインであるリティシアがルパンにささやかな好意を寄せていることは明らかである。『カリオストロの城』におけるクラリス然り、ヒロインとルパンの関係性はルパンシリーズの定番である。ヒロインとの関係性はルパンだけに止まらない。『燃えよ斬鉄剣』では五右衛門と桔梗がその役を果たした。さらに『炎の記憶〜TOKYO CRISIS〜』でヒロインの相手役となったのは、なんと銭形であった。
  • お楽しみ
    • 日記を読み解いたルパン一行は、敵を出し抜いてエクリプスが眠るとされる遺跡を攻略する。遺跡内には様々な罠があり、ランベールたちが立ち往生する中、ルパンたちはメンバーそれぞれの活躍によって試練を乗り越えていく。
  • ミッドポイント
    • ルパンたちは、試練を乗り越えた先にエクリプスを発見する。しかし、まさに成功直前というところで、ランベールたちに不意を突かれ、リティシアは捕まり、エクリプスは奪われる。物語の主導権が、ルパンたちからランベールたちへ移る。
  • 迫りくる悪い奴ら
    • エクリプスを起動させたランベールはブラックホールを生み出して、あたり一帯を消滅させる。その尋常ならざる力を得たランベールは半ば狂人となって、ゲラルトの意向すら無視して、自らが世界の王になると言う。ランベールの中の権勢欲と劣等感が、最大に発露するシーンである。
  • 全てを失って
    • リティシアが失ったものはランベールである。エクリプスを止めようとするリティシアに銃を向けるゲラルト。まさにゲラルトが発砲する瞬間、リティシアの代わりに銃弾を受けたのがランベールであった。死に際のランベールの回想には、リティシアを養育した動機は私欲であったとしても、そこには愛が全く無かったわけではないことを表現している。また、リティシアにとっても、ランベールがどんなに非道な人間だったとしても、育ての親であることに変わりがなかった。リティシアは唯一の家族を失う。
  • 心の暗闇
    • ランベールを失い、ルパンたちを失ったリティシアは、ゲラルトにとらわれて、ヒトラーと対面する。失意のリティシアは抵抗空しく監禁され、ヒトラーはエクリプスを使うべくゲラルト共に立ち去る。
  • 第2ターニング・ポイント
    • エクリプスに案内されたヒトラーは車椅子に乗っていたにもかかわらず、おもむろに立ち上がる。驚き不審がるゲラルト。一方で、監禁されるはずのリティシアを監視していたのは、アーネンエルベに変装した次元であった。そしてヒトラーの仮面を脱ぎ去るルパン。絶体絶命、為す術無しの状態から、一気に形勢を逆転させるこのシーンこそ第2ターニング・ポイントにあたるものである。
  • フィナーレ
    • ルパンはエクリプスそのものを消し去るためにブラックホールを発生させる。それを止めようとするゲラルトであるが、手遅れであることを悟ったゲラルトは、ルパンを道ずれにしようとする。ブラックホールが辺りを食らいつくしていく緊張感の中、ルパンとゲラルトは最後の戦いを行い、そしてルパンは勝利する。
  • ファイナル・イメージ
    • 全てが結着しようとする中、ルパンたちを逮捕しようと銭形が動き出す。ルパンは銭形から逃げる最中、一通の封筒をリティシアに渡す。それは、ボストン大学からの招待状であった。もはやリティシアには自らの才能を発揮するにあたって、何の束縛も障害もなかった。

結局面白かったのか

今作『THE FIRST』をビートシートに当てはめてみると、綺麗に当てはめることができます。『THE FIRST』がきっちり映画として成立しているのは、結果的にビートシートに忠実だからでしょう。ただし、面白かったかでいうと、可もなく不可もなくというのが率直なところです。この原因は何でしょうか。

ひとつ目は、リティシアの主人公として求心力の弱さです。上述の通り、リティシアは解決すべき問題を抱えた主人公です。しかし、その葛藤が若干力不足です。リティシアの葛藤は、言ってみれば毒親からの独立です。共感を得やすくはありますが、ルパン三世の物語に組み込むにはいささか平凡に過ぎます。それが、ナチスの復活といった悪と対比されると、主人公の葛藤にしては陳腐という印象になります。

ふたつ目は、悪役が力不足です。ランベールは最終的に世界の王になるとのたまい、狂人じみた悪役を演じますが、それでいながらリティシアへの良心を捨てきれず、悪役に徹し切れていません。ちなみにランベールが葛藤を持っているという意味では、リティシアと役割が被ります。悪役が葛藤を持っていては悪役になりきれません。結局、ランベールは良いヤツでも悪いヤツでもなく、ただの小物として退場することになります。さらに、ランベールを小物せしめているゲラルトも、結局はヒトラーの手下にすぎず、その行動原理は官僚的でカリスマ性は皆無です。視聴者からの同情や共感を一切受け付けない圧倒的な悪の権化が不在なのです。

物語は綺麗にビートシートにハマりながらも、脚本の洗練が足りないために、形式的になっています。もうすこし登場人物(特に悪役)の掘り下げがされていれば、もっといい作品になったのではないかと思いました。

『SAVE THE CAT』を読むことによって、私の映画の見方も少し変わりました。何が面白いのか、何が面白くないのかということに対して、もう一歩踏み込んで分析できるようになりました。『SAVE THE CAT』は物語を商品とする人でなくとも、映画好きの人にはお勧めできる本です。『ルパン三世 THE FIRST』は分析してみるにはちょうどいい作りの映画でもありました。

ルパン三世と言えば、私の心によく残っているのは以下の作品です。

この頃は、録画と言えばまだVHSの時代でして、映像が劣化するくらい何度も見返した記憶があります。いずれ、これらの作品も分析してみたいですね。