弥生研究所

人は誰しもが生きることの専門家である

【読書感想文】オリュンポス

さて、『イリアム』の続きである『オリュンポス』の感想である。

一言でいえば、ずいぶんと失速してしまったなというところである。『イリアム』は掛け値無く面白かった。ハイペリオンから期待して入ってくる読者も満足できるものであった。しかし、『オリュンポス』はどうだろう。つまらないというほどではないが、イリアムの牽引力でオリュンポスを読了させたような、そんな感じがしなくもない。『イリアム』の最後は、著者ダン・シモンズが構築する世界の全ての歯車が回りだし、ようやく世界が動くという期待感を残しての最後だっただけに、オリュンポスがその期待に応えるだけの物語の動きを見せたかというと、否定せざるを得ない。これは、訳者・酒井氏の解説でも言及されているところであり、国内外の評価でも言及されているように、物語の整合性と大風呂敷の回収率の低さにあるような気はしている。ただ、つまらないだけでは終わってしまうので、もう少し深掘りして私自身の結着とするものである。

少し、世界観を整理しよう。物語は現在の二十一世紀から降ること数千年後である。この設定も訳者の解説にあるように説明のぶれがあって定まらないが、少なくとも四千年以上は経過した未来である。そして、この世界は認知能力のある生命(特に天才たち)によって創造された平行宇宙が存在する世界である。人間の精神性を突き詰めて超能力的要素を持ち込むのはダン・シモンズの得意とするところである。通常、この平行宇宙どうしが重なり繋がることは無いが、量子力学など発展させた人類は、この平行宇宙同士をワームホールやらブレインホールやらで繋げてしまう。その結果、この世界では、ホメロスの世界やシェイクスピアの世界が現実のものとして存在している。これが、ダン・シモンズが用意した本作の舞台セットである。

未来の人類は相も変わらずしょうもないことを繰り返していたようで、遊び散らかした子供部屋のように地球のあちこちにその遺物、爪痕が残る。当の人類は数々の災禍を経て人口を著しく減らし、生命というよりも情報に近い存在に進化し、古典的人類と呼ばれる遺伝子操作された人類を地球上に住まわせていた。地球の軌道上にあるリングはポストヒューマンにとって居住、研究施設であったようだ。ポストヒューマンは平行宇宙への接続や、自らの愚行の結果を修正しようとして、地球を全うな元の地球に戻そうとしたことは事実らしい。しかし、作中の時点ではその試みは手つかずで、諦めたのか、興味を失くしたのかポストヒューマンもその姿をほとんど消している。

ハーマンたちがリングの一部を破壊したことを契機として、ヴォイニックスたちの襲撃が始まり、ファックス機能が停止し、セテボスの封印が解かれた。時を同じくして、イーリアスの世界ではゼウスを筆頭に神々が襤褸を出し始め、アキレウスヘクトルが手を結んで神に対抗し始める。モラヴェックも火星を通じてこの戦いに加わる。ここまでの『イリアム』の展開は良い。その続きである『オリュンポス』でどのようにもこねくり回せるからだ。しかし、じっさいに『オリュンポス』を読み始めると、どうも展開の遅さが気になる。

結局のところ、セテボス、キャリバンあたりは例外としても、プロスペロー、シコラックス、エアリアル、ポストヒューマン、ギリシャ神などの中立的な存在の背景がほとんど説明されないために、彼らの行動原理、行動目的が、最後まで良く分からないというのが、本作において最もモヤモヤするところである。一握りの登場人物の無知な気まぐれによって、ハーマンら古典的人類や、ホッケンベリー達は死闘を強いられていたという点があり、この点でどうもこの物語は無駄骨の多い物語である。最終的な着地点は、繋がってしまった平行宇宙を整理して、去ってもらう存在には去ってもらうというところなのは理解できるが、実際の描写は随分と強引である。

例えば、ハーマンは結果として古典的人類の失った歴史や知識を回復させて、ナノテク機能を使いこなせるようにした点で、古典的人類を啓蒙した救世主と捉えることが出来る。しかし、その道筋はご都合主義的な匂いを感じざるをえない。というのも、彼に影響を与えたエアリアル、プロスペロー、モイラの思惑が全く分からないからだ。彼、彼女らにとって古典的人類はどうでもいいように見えるので、ハーマンに介入して古典的人類を救おうというような目的は見えない。ハーマンに人類を啓蒙させようとするならば、もっと積極的に働きかける能力があるはずの彼らが、いったい何のためにそんな回りくどいやり方を取ったのか。なぜ、大西洋分界道をハーマンひとりで横断させたのか、あの潜水艦の唐突な登場と被ばくはなんだったのか。

大風呂敷の回収率と言えば、『オリュンポス』でも散々煽ったディーマン対キャリバンの伏線が未回収である点も目立つ。ディーマンの母親はこのためにキャリバンに殺されたのであるが、物語としてこの決着をつけないのでは、あまりに無駄死にというものである。太った女たらしだったディーマンが精悍な男へ成長したのも、キャリバンに勝利するためではなかったのか。このあたりの結末は著者が誘導する読者の期待を、著者自身が大きくスルーするものだと言わざるを得ない。

老いたオデュッセウスことノーマンも謎めいたまま終わってしまった。彼はアーディスホールで自分の知識や経験を語り、古典的人類の啓蒙に務めており、物語のキーマンかと目されたが、途中からはヴォイニックスの襲撃で重傷を負い、半ば物語から退場する。随分もったいぶった展開をするものだが、傷が癒えて復帰したかと思えば、結局彼が何を知っていて何を知らないのかは明らかにならず、シコラックスとの因縁や彼の目的は分からず仕舞いである。さらには、結果的に彼とシコラックスの交渉が、古典的人類の不利な状況のいくつかを改善したので、これがまた取って付けた感の強い印象だけを残している。

ホメロスの世界も良く分からない。ギリシャの神々は本当の意味での神々ではなく、ポストヒューマンだとの説明もあるが、その目的が分からない。何のために神様ごっこをしていたのか。何のために戦争の行末を学師たちに観察させていたのか。アキレウスヘクトルギリシャ人からすれば、神々のコスプレをした未来人の遊びに付き合わされたとあれば、いい迷惑だということころだろう。いい迷惑と言えば、ホッケンベリーもそうである。彼らは命にもかかわる修羅場を幾度も超えたわけだが、その修羅場が神々のただの気まぐれによって生じたのであれば、物語的にはとんだ無駄骨である。

唯一、一貫した行動目的を持っているのはマーンムートやオルフたちモラヴェックだろうか。彼らが、生体機械として、いなくなってしまった人類を懐古する背景は分かる。そのあたりが動機になって、火星や地球の異変を探知し、調査を兼ねて火星や、地球へ向かうことになる。物語上では、モラヴェック達は良識ある最も力を持った存在なので、地球や火星で起きている窮地を救える実質唯一の存在なのであるが、彼らの罪ではないとはいえ彼らはその窮地を把握していないので、読者から見れば随分とヤキモキする遅い展開が続く。彼らはバラバラに物語が展開する世界線を能動的につなぐ役割があるのだが、古典的人類との繋げ方には、やはり取って付けた感が否めない。何故なら、モラヴェック達は取って付けたようにブラックホール弾頭を発見し、取って付けたようにそこで被爆したハーマンを見つけたのだから。結局、あの潜水艦が一番拙い。

以上、最終的には、文句や愚痴にも近しい感想だが、まあ、いろいろとお粗末なところがあるのは間違いない。正直なところ、ハイペリオンシリーズに次ぐ、ダン・シモンズの長編大作として、『オリュンポス』はその期待に応えられるだけの内容ではないと思う。『イリアム』が面白かっただけに、満足する結末や読後感を得られないのは残念である。とはいえ、あれだけの文章量を読ませるだけの牽引力はやはりあるのである。時を置いて精読してみれば、意外な伏線の回収に気付くこともあるかもしれない。『イリアム』の感想でも述べたが、読書の面白いところは読むタイミングによって感想も変わるというところにある。再読するときのことも考えて、『オリュンポス』は『イリアム』と共に、できるだけ捨てずにとっておくとしよう。いまのところ、『オリュンポス』は私にとって大事な物語であることには違いない。

【読書感想文】イリアム

十数年に渡って「つんどく」した本がある。それが『イリアム』である。私がハイペリオン・カントスの四部作を愛読していることは、既に何度も述べたことである。しかし、私はハイペリオン・カントスを愛読したとはいえ、必ずしも、その著者であるダン・シモンズのファンではなかった。したがって、ハイペリオンを読破したらかといって、イリアムが読破できなくても何ら不思議ではない。イリアムを長年にわたって積んどくした理由は、やはりその内容によるところが大きいだろう。

世界観のぶっ飛び具合でいえば、イリアムハイペリオンを越える。ものの数十ページの間に、ヘクトルやアキレスが活躍するギリシャ神話の描写があったかと思えば、未来の地球を思わせるいささか退廃した世界が描かれ、はたまた木星の衛星エウロパの深海という世界が描写される。これらの世界のつながりは一切描写されず、私はいったい何を読んでいるのだろうと困惑するのは必定である。このような謎めいた情報の広げ方は、ダン・シモンズらしいといえばその通りだが、やはり読者を置いてきぼりにしがちな傾向はある。かく言う私も、ハイペリオンに魅せられてイリアムを購入したが、なんとなくページが進まず、ついに長いつんどくに移行したわけである。

読書の面白いところは、読むに最適なタイミングが人によって異なるところだろう。あるいは、読むタイミングによって感想が変わるところにもある。私は最近、私事の都合により読書に時間を費やす好機を得た。そこで、ちょっとした勇気をもってイリアムを手に取ると、これが面白かった。かつてなかなか進まなかったページがどんどん進んでいく。まるで、私がイリアムを見つけたというよりは、イリアムが私を見つけたかのように活字がどんどん吸収されていく。数度の断捨離に生き残っただけはある。こういう時こそ、捨てなくて良かったと心底思うのである。

さて、読書感想文らしく、本の中身に触れ、私の思うところを書きたいところではあるが、実のところ、この本のあらすじを差し支えなく紹介するのが難しい。ギリシャ神話を基礎において、ホメロスを材料にシェイクスピアを少々といったところか。私に言えるのは、そうらしいというレベルのものであって、私自身、シェイクスピアに精通しないし、ホメロスの『イーリアス』など読んだことが無い。まあ、少なくともそんな私でも十分楽しめるのであるから、最初の極太な世界観を飲み込めれば、前提知識は必要ないだろう。せいぜい、ブラッド・ピッドがアキレスを演じる映画『トロイ』程度の知識があれば十分ではなかろうか。実際、あの映画の場面描写は本書にもあるから、知っていれば脳内で映像化しやすい。むしろ本書の中のアキレスは、私の脳ではブラッド・ピット以外で再生するのが不可能であった。しかし、そんなギリシャ神話的要素も本書の一部でしかないからどのみち心配はいらない。要は、何の関連性もないギリシャ神話やシェイクスピアの要素をまとめ併せて、ひとつの作品しているのが本書の内容の最大の魅力である。

私がそうであったように、最初の数十ページさえ楽しめれば、あとは極上のメインディッシュであるからにして、特に問題のない範囲のネタバレだけを披露して、未読の方や、挫折している方の興味をそそりたいと思う。先述した通り、物語は三つの世界で順繰りと同時進行していく。ギリシャ神話の世界、退廃的な地球の世界、木星の衛星の世界の三つである。これらは最初、地理的に時間的にどうつながっているのか皆目見当もつかない。

ギリシャ神話の世界では、文字通りギリシャの神々が存在し、アキレスとヘクトルが今まさにトロイを巡って戦争をしている。登場人物の一人、ホッケンベリーは神に仕え、なぜか理由は分からないが、ギリシャの人々に存在を知られないよう秘密裏にその戦争の行末を観察している。その観察経過によれば、戦争はおおむねホメロスの『イーリアス』に沿って進行しているという。ホッケンベリーの生殺与奪は神によって完全に支配され、この九年間ずっと毎日同じように戦争を観察してきた。しかしある日、ホッケンベリーは、神の一柱であるアフロディテから命令を受ける。神の一人アテネを殺せと。ギリシャの神々が本当に抽象的な存在としての神々であるならば、本書はSFとは言えないだろう。神々はいったい何者で、何を目的としてこんな戦争を観察させているのか。

今作はSFといえど、ハイペリオンとは違ってスペースオペラではない。人類はついに恒星間航行を発明しなかったし、その点では閉じた世界で物語が繰り広げられる。とはいえ、地球には軌道リングがあり、文明は外惑星にも進出している。量子的な平行世界のような概念が出てくれば何でもありと言えばありである。地球に住む古典的人類と呼ばれる彼らは、自らの社会を支える科学を理解しておらず、文字も失っている。彼らは何不自由なく暮らしているが、その暮らしを支える仕組みを彼らは何一つとして知らない。彼らが精を出して取り組めるものは少なく、よくて車輪の再開発か、セックスくらいのものである。いわば彼らは、何らかの存在によって半ば家畜のように生かさず殺さず管理されているのだが、彼ら自身はその事実を知らず疑問も持たない。しかし、未知への好奇心は人間に残される最後の権利かもしれない。アーダ、ハーマン、ディーマン、ハンナはそれぞれの思惑を持ちつつも、それぞれが探求を始めていた。

ハイペリオン』で機械、あるいはAIといえば冷徹無比な恐るべき存在であったが、こと『イリアム』では作者の機械知性への捉え方は一味違う。今作に出てくるモラヴェックなる機械たちは、シェイクスピアをこよなく愛する優しい文学機械である。彼らは木星の探査と開発のために人類によって播種されたものだが、とうの人類は大昔に消えていなくなったために、独自の進化を経た半生物機械である。その長い間、彼らは存続の工夫を凝らす一方で、人類への追慕を人類が残した文化で代替していた。モラヴェックの一人、マーンムートはエウロパの深海を探査するロボットであったが、唐突に火星への探査任務を拝命することになる。何やら、火星ではここ短期間でテラフォーミングされ、量子のゆらぎだかなんだかが、好ましくないレベルで濫用されているという。マーンムートと友人のオラフは他のクルーたち数人と共に、木星から火星へと旅立つ。

ここまでくると、それぞれの世界が独立しすぎていて、どうつながっているのか分からないのも肯けるであろう。いわば三本分の小説を平行して読んでいる様なものである。しかし、これらが縫うように繋ぎ留められていくのだから、著者たるダン・シモンズはすげぇよなぁというところである。ところで、今までになかったことなので敢えて指摘したいが、ダン・シモンズはユーモアに目覚めたらしい。『ハイペリオン』シリーズにユーモアを感じた方がいらっしゃったとすれば申し訳ないが、私はいままでダン・シモンズにユーモアを感じたことが無かった。ただ今作においては、「それにしてもこのオヤジ、ノリノリである」と思えるような、まるでダン・シモンズ自身が楽しんでいるかのような文章に多くお目にかかるのだ。考えてみれば、それも当然かもしれない。ギリシャ神話、シェイクスピア、SFといった本来混じり合わないようなものを、巧みにかき混ぜているので、それこそ「混ぜるな危険」を笑いのフリにするような、シュールさがそこかしこにあるのである。

私自身、現時点で『イリアム』を読了し、続編『オリュンポス』を読み始めたところにある。物語は折り返し地点を過ぎた頃だが、まだ謎は多く残っている。読書とは一過性の体験にもれず、その幸福感は永続しない。今の私のタイミングは、いわば果実がもっとも熟したころ合いであろう。『オリュンポス』は出来るだけ長く楽しみたいところであるが、読むのを中断することにむしろエネルギーを必要とする。その『イリアム』へのエネルギーの一部を勢いに駆ってこの文章を書いた。ここまで読んでくださった方がいて、もし興味を持たれた方がいるならば、冥利に尽きるものである。

【レビュー】Stellaris

年始に購入した『Stellaris』のプレイ時間が、私の Steam 内のアクティビティで長らくプレイ時間のトップだった『Cities: Skylines』を抜いてトップになりました。そのプレイ時間は、9か月間でおよそ500時間となります。

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パラドックスインタラクティブ恐るべし

これだけ時間を費やしているからにして、Stellaris が面白いことは自明なのですが、何が面白いのかその理由について、私なりに分析したいと思います。

Stellaris とは

Stellaris は、一言で表現すると、未来の銀河系を舞台にした4Xグランドストラテジーゲームです。この手のジャンルの先駆けとしては Civilization シリーズが挙げられます。Civilization シリーズをSFとして換骨奪胎した同シリーズの「Alpha Centauri」や「Beyond Earth」がありますが、これらが一惑星を舞台にしているのに対し、Stellaris では銀河系全体を舞台とするスペースオペラなのが特徴です。

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時は2200年。人類はハイパーレーンを使用した超光速航行(FTL)を実用化し、ついに太陽系外へ進出する

オリジナルの帝国

Stellaris は完全な未来を舞台としているため、何か既存の文明などの枠組みはありません。プレーヤーは初期設定で用意されている帝国を選択するか、新規に帝国を作成してゲームを始めることになります。

帝国を形作る要素には、外見、種族名、帝国名、星系名などのフレーバー要素から、起源、統治形態、志向、国是、種族特性などのプレイアビリティに直接かかわる要素があります。これら無数の選択肢から生成される帝国の組み合わせは膨大であり、また、AI 帝国も同じ過程をもって生成されるため、リプレイ性が非常に高いのが特徴です。

プレーヤー自身の帝国を作るということは、プレーヤー自身のプレイスタイルを模索することでもあります。当然のことながら、起源、志向、国是などの要素は、それぞれシナジーがあるものや、相性の良くないものがあります。初期設定の組み合わせによってプレイスタイルに幅を持たせ、リプレイ性を高めるゲーム性はローグライクのジャンルに通ずるものがあります。

ロールプレイとフレーバー

フレーバーが必要かどうかという議論はさておき、私自身は Stellaris のフレーバーに大いに魅力を感じています。一般的に、ゲームは競技性と娯楽性のグラデーションの中でどこかに位置付くものと私は考えています。競技性の先端を見れば、e-sports囲碁、将棋などを見ることができます。対して、Stellaris に関しては競技性を削いで娯楽性にシフトした作品ではないかというのが私の感想です。というのも、4X 系ゲームの先駆けである Civilization シリーズと比較して、Stellaris は競技性よりも娯楽性を優先していると感じるからです。

この手のゲームにはゲームが終了するタイミングがあります。Stellaris では自帝国が滅亡したときと、勝利年(標準設定で2500年)に達したときです。しかし、滅亡や勝利はそれほど大事ではありません。たいていの場合、実際に滅亡、あるいは勝利する前に、その事実が既定路線として確定するからです。ゲーム終盤まで生き残っていればその勝利はほとんど確定であり、以後のプレイはただの作業になっていしまいます。この問題はストラテジーゲームが抱える難題であり、Stellaris もやはりその問題から逃れられていないのが現状です。しかし、Stellaris ではミッドゲーム(標準で2300年から)、エンドゲーム(標準で2400年から)というゲーム内の区切りを設け、それぞれ特有のイベントが起こるようにして、後半の作業感を軽減させています。たとえば、ミッドゲームでは、大ハーンの覚醒、機械の反乱があり、エンドゲームでは、没落帝国の覚醒、危機があります。いずれのイベントも勢力をおおきく書き換えるものであり、これらへの準備が不十分だとあっという間に滅亡に追い込まれます。

こういったイベントを支えているのがテキストでありフレーバーです。イベントの中で最も規模が大きいとされる「ホライゾン・シグナル」などは、ちょっとしたSF小説を追うような気分があります。このように、イベントやフレーバーが充実していることは、競技性よりも娯楽性を優先し、勝利うんぬんよりもイベントの過程を楽しむロールプレイに適しています。

イースターエッグ原文)としてまとめられているように、ニヤリとするようなSF作品のオマージュも大量に盛り込まれています。国内作品からも、銀河英雄伝説ジョジョ進撃の巨人クロノトリガーなど枚挙にいとまがありません。

太っ腹なアップデート

Stellaris は現状(2021年9月)、まだ活発に継続開発されています。DLCの新作はもとより、無料の大型アップデートが半年に1回ほどの頻度でリリースされています。この大型アップデートはかなり太っ腹で、DLCを持っていないバニラの状態であっても、機能の追加や仕様の変更が大胆に行われます。プレアビリティがかなり変わることも多く、遊びつくしたベテランほど別ゲームではないかと感想するほどの変更が入ります。つまり、アップデートの度にプレイ感覚が変わるため、一向に飽きることがありません。さらに、DLC毎に変更が入るため、DLCを導入しているほど変化を目の当たりにすることになります。

このように、Stellaris は開発側とプレーヤー側が二人三脚状態でいまだに成長しているゲームです。ゲームは売り切りという観念は、もう時代遅れかもしれません。ナンバリングタイトルの概念も今後おおきく変わっていくことでしょう。Stellaris のビジネスモデルは非常に誠実さを感じるものです。

日本語化

Steam のストアでは、言語のサポート状況として、日本語がサポートされていないと表示されていますが、これはあくまで公式がサポートしていないというだけで、システム的にはマルチバイト文字に対応しており、Mod によって容易に日本語化が可能です。

Stellaris の翻訳は有志によってなされています。有志による翻訳と言うとその質に不安を憶える方もいるかもしれませんが、実際のところその質は高いものです。日本語化に関しては信頼して良いレベルです。私は多くのSF作品を読み鑑賞してきたSFファンですが、おおよそ翻訳に違和感を持ったことはありません。これは十分なプレイ人口がいることと、また翻訳に関する必要十分な議論がなされていることの証左でしょう。定期的に大型アップデートが来ますが、その対応も十分早いのではないかと思います(さすがにアップデート直後は翻訳が間に合っていませんが)。翻訳に携わっている方に感謝します。

まとめ

まとめると以下の通りになります。

  • リプレイ性の高さ(ローグライクに通じるものがある)
  • ロールプレイ向きのイベントとフレーバー
  • 活発なアップデート(ゲーム性が変わることも)
  • 安定した日本語化

逆に、悪いところは目立って気付く点がありません。強いて言うなら費やす時間に注意したいところでしょうか。中毒性が高いです。

yayoi.tech

【レビュー】オクトパストラベラー

『オクトパストラベラー』の感想を残します。

プレイ時間は40時間ほど。未クリアです。未クリアのままレビューを書くに至ったことから、一言でいえば完走できませんでした。評価としては「丁寧な作品だが、ゲームとしては面白さに欠ける」ということになります。ただし、今後、再プレイしてクリアまで行き着くことはあるかもしれません。既に名作の評価が一般的になりつつある本作です。実際にプレイしてみると、作品として高い完成度を感じる一方で、ゲームの面白さには一抹の不満を感じました。これを、私なりに分析したいと思います。

『オクトパストラベラー』はスクウェア・エニックスが発売したRPGです。2018年にSwitch版が発売されて以降、順次、マルチプラットフォームで発売されています。その特徴は、HD-2Dと呼ばれる、ドット絵と最新の3D効果を融合させた表現システムにあります。JRPGとして原点回帰しつつ、技術的には革新を目指しています。売り上げは、2020年3月時点で200万本を突破し、JRPGとして大成功したと言えるでしょう。

オムニパス形式のストーリー

ストーリーのボリュームは結構あります。主人公が8人いて、それぞれに4章分のストーリーが用意されているため、合計で32章のストーリーがあります。1章を2時間でクリアしていくと合計で64時間かかる計算です。実際、そのくらいの時間はかかる印象です。このボリュームを大きいと感じるか小さいと感じるか、あるいはメリットと感じるかデメリットと感じるかは人それぞれかもしれません。少なくとも価格には見合ったボリュームです。

1キャラクターに対して4章分で起承転結するので、それぞれのストーリー自体は小粒です。ただし、キャラクター自体に背景や個性がしっかりと設定されているため、浮ついた印象はありません。重めのストーリーから軽めのストーリーまで緩急が付けられています。各主人公たちのストーリーは当初は全く独立しています。ただしストーリーが進展するにつれて各主人公の物語が収束していくようです(未クリア)。起承転結がしっかりしたストーリーとなっているので、ひとつひとつは小粒とは言え十分楽しめる範囲にあります。

物語の進行を自由に選択できる都合上、前章のストーリーを忘れがちですが、ストーリー開始時に前回のあらすじをきっちり説明してくれる親切設計になっています。プレイに少し時間が空いたとしても感情を呼び戻しやすく何をすべきか明確で、復帰しやすいです。

美しく、新しくありながら懐かしいグラフィック

グラフィックがリアルであればリアルであるほど良いという考え方は、ゲームの在り方にもよるでしょう。ゲームは長らくリアル志向の道を歩んできましたが、それは容量の増加や処理速度の向上など技術的な進展が背景にあったためです。しかし、技術が成熟するにつれて、技術的な制約ゆえの抽象的表現ではなく、積極的な抽象的表現が選択肢として現れるようになりました。ドット絵への懐古は、まさにその現われであり、本作のHD-2Dは積極的に選択された抽象的表現だと言えます。積極的に選択されているために、全ての映像表現が時代を逆行した過去のものではありません。ドット絵を主体としておきつつも、ドット絵では表現しにくい、光や水の表現には培われた新しい技術が使われています。

「温故知新」という表現が一番ふさわしい映像表現こそが、結果的に本作の最大の特徴であり魅力です。SFCから初期PSあたりのゲームをプレイしてきたゲーマーには懐かしさを思い起こさせ、それらを経験していない若いゲーマーには新しさを提供するという、実に幅広いターゲットに対して訴求する効果が本作の映像表現にはあります。

音楽、ネーミング、印象と雰囲気

地名の命名にこだわりを感じます。例えば、フレイムグレースは「炎」と「恵み」、やゴールドショアは「黄金」と「海岸」。その地の特徴を考えると、なんとなくイメージに合ったネーミングになっていると思いませんか。ステレオタイプな印象もありますが、ここまで直球な命名も珍しいように感じます。併せて、音楽もイメージを合わせて作曲されている印象が強いです。このあたりの作りこみは丁寧で、完成度が高く、売り上げの大部分に貢献しているのではないかと思います。

マップ、ダンジョンの踏破と戦闘システム

さて、ここまでオクトパストラベラーの良い点を挙げてきましたが、結局のところ、私がプレイを中断してしまった原因は、戦闘システムにあります。

まず、本作の戦闘システムの特徴を整理します。

  • ダンジョン探索型、マップ踏破型(旧来のドラクエなどと同様)
  • ランダムエンカウント
  • コマンドバトル
  • ターン制(ターンの中で敵味方含めて素早いキャラクターから行動)
  • ブースト
  • ブレイク

このうち、ブーストとブレイクが本作の戦闘システムを特徴づける要素です。ブーストはターンごとに蓄積するもので、溜まったブーストを使用した攻撃はダメージが増加する仕組みです。ブレイクは敵毎に設定された弱点を突くことで、敵をブレイク状態(無防備な状態)にするものです。ブレイク状態の敵は行動がキャンセルされるほか、被ダメージが増加する仕組みになっています。

つまり、敵に効率よくダメージを与えるには、ブレイクした敵に対してブーストを乗せた攻撃を当てることが肝要となります。その為には敵の弱点を網羅することと、ブレイクのタイミングに合わせたブースト管理が必要です。本作の戦闘システムは、ブーストとブレイクを前提とした難易度設計になっているため、これらの要素はほぼ無視できません。昨今のJRPGとしては比較的、重量感があり難易度の高い戦闘システムと言えるでしょう。

これらのシステムは漫然とした戦闘を防ぎ、プレーヤーに緊張感を持たせる効果があります。しかし、言い換えると一回の戦闘時間は長引き、集中力を必要とするためサクサクしたテンポはありません。このようなゲームバランス自体は珍しいものではなく、『タクティクスオウガ』などのSRPGや、『ヴィーナス&ブレイブス』などの独自性の強い戦闘システムにも見て取れます。

では、本作の戦闘システムの問題点は何でしょうか。それは、重量感のある戦闘と、ランダムエンカウントの食い合わせの悪さにあります。例えば、ドラクエシリーズやFFシリーズは、ともにランダムエンカウント制ですが、戦闘のウェイトは軽いためテンポを失うものではありません。戦闘のウェイトを軽くする場合は、ダンジョンやマップの踏破を含めてクリア可能かというバランスに緊張感を持たせる仕組みが常套です。薬草やMPが足りるかどうかハラハラする場面は、往年のRPGの醍醐味であり、意図されたレベルデザインです。しかし、もしこのバランスの中で戦闘の重量感だけが増した場合はどうなるかというと、テンポを失って単純にプレーヤーが疲れます。

ランダムエンカウントなのにテンポが悪く、戦闘の重量感がある割にはランダムエンカウントで数をこなさなければならない。このどっちつかずとなっている状態が、本作の設計の調整不足を否めません。ゲームとしては、何処かに仕組みとしての緊張を用意する必要がありますが、メリハリなしに繰り返し緊張に晒されてしまうとストレスにしかなりません。本作の戦闘はどちらかというと緊張過多で、全体として爽快さや快感よりも疲れるゲームになっています。

また、ブーストやブレイクが戦略性の高い戦闘を提供しているかというと、それもまた疑問です。確かに戦略性はある程度は高くなっていますが、思考する楽しさを提供するほど難しくなく、単純作業にはできない程度の注意力を要するという、絶妙にバランスの悪い難易度設計になっています。結局、この戦闘システムの調整の悪さが、全体としてぼんやりとしたプレイ感に繋がっています。

さらに、本作はジョブやアビリティが用意されていて、8人の主人公から4人のパーティを組むなど、パーティ編成やキャラクターの育成にも重点が置かれているように見えます。しかし、敵の弱点を網羅しなければならない制約があるため、実のところ育成や編成に関しては、自由度の高さ、懐の深さ、味わい深さなどはありません。これは戦闘を単調にさせる要因にもなっています。また、この点では、本作はほぼリプレイ性はありません。

私は何度か息切れしてしまい、中断して再開するという繰り返しを経て、全キャラクターの三章まではクリアしました。しかし、四章までは現時点ではモチベーションが続きませんでした。

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【読書感想文】空白の五マイル

ある時、なにげなく黄河や長江の源流域を Google map で眺めていたら、チベット高原の南部をひたすら東進する川を見つけた。川がどのような流路を辿ってどこに繋がるのかという好奇心は、人間の根源に近いところにあるような気がする。私はその川筋を辿ってみたのだが、すぐにやめた。最初は川幅も広くて東に直進するだけだったその川は、やがて川幅を狭めて強く蛇行し、追うのに根気を求められたからだ。代わりに川の漢字表記であった「雅魯蔵布」を検索してみると、その川はヤルンツァンポと読む大河であることを知った。そして流路を見失った場所こそツァンポー峡谷といい、世界最大級の峡谷で長らく未踏の地であったのだった。wikipedia で調べてみると、何やら最近、日本人の探検家が未踏査部分を探検したらしい。その日本人探検家こそ、本書の著者・角幡唯介(かくはたゆうすけ)である。

ヤルンツァンポ川の源流はマーナサローワル湖にあり、この湖は標高の高さと、湖水の透明度の高さなどから、チベット三大聖湖と呼ばれ、多くの宗教宗派の聖地とされている。この湖を発したヤルンツァンポ川は、東へと直進しチベットの中でも比較的穏やかな南チベットの盆地を形成している。その後、川はツァンポー峡谷で大きく南へ屈曲し、ヒマラヤ山脈の南側の低地に流出し、ブラマプトラ川、ジョムナ川と名前を変えてガンジス川と合流、インド洋に注ぐ。

ツァンポー峡谷はヒマラヤ山脈の東端に位置し、青い空の月面と表現されるようなチベット高原とは異なり、湿潤で木々が鬱蒼として豊かな森林を成す。これは、チベット高原ヒマラヤ山脈によって湿気を遮られているのに対して、その東端にあるツァンポー峡谷には回り込むように湿気が流入しているからである。峡谷に近い林芝市は、チベットのスイスと形容されるような景勝を持っているほどである。ツァンポー峡谷を構成するのは、ナムチャバルワ山や、ギャラ・ペリ山などの7500m級の大岳で、ヤルンツァンポ川はその間をこじ開けるように流れる。ツァンポー峡谷がいかに険阻であるかは想像がつくであろう。

ゆえに、ツァンポー峡谷は歴史上、長く未踏であり、ヤルンツァンポ川が峡谷に消えた後、どこに流れ着いているのかは歴史上の謎であった。いわば、その川を下って帰ってきたものはいないというのが、ヤルンツァンポ川であった。この謎に突き動かされて、著者を含む多くの探検家がこの地へ分け入ったことには、畏敬と共に共感を覚える。

探検史については、むしろ本書に詳しいため、興味を持った方はぜひ手に取ってみてほしい。本書の構成は、ツァンポー峡谷の探検の歴史を解説するとともに、著者自身の探検の経緯が紀行文として記述されている。しかし、著者自身による探検という意味では、やはり些かパンチ力に欠けるというのが正直なところかもしれない。初者自身も自覚されていることではあるが、著者がツァンポー峡谷に入ったのは2002年から2008年であり、この頃には携帯電話も普及し、Google map などで航空写真も見られる時代であった。本来の探検の意義は20世紀で終わり、現代の探検は、その意味を懐古と共に失ったか、あるいは変容させている。読者として著者自身の探検にスケールの大きさを感じないのであれば、それは著者の責任というよりは、時代の変化によるものであろう。残念あるいは寂しい気持ちがありながらも、著者が多くのページを割いたその探検史こそ本書の魅力かもしれない。なお、著者は朝日新聞社に務めた経歴を持ち、本書が開高健ノンフィクション賞を受賞しているように、文章や構成は読みやすく面白い。

エベレストが観光化、商業化しているように、ツァンポー峡谷も一観光地になるかもしれない。チベットにはペマコ・ベユルという伝説がある。シャングリ・ラのモデルと言われ、それはいわば桃源郷なのであるが、そもそも桃源郷とは、古代中国で漢文化の進出によって消失しつつあった少数民族の村落をモデルにしており、精神の内面に存在し、心の外に求めると見いだせないものとされる。著者は残された未踏の5マイルの中で大洞穴をみつけ、その洞穴をペマコ・ベユルに重ねた。探検とは、まさに桃源郷を求める行為に他ならないのではなかろうか。とすると、いつの時代であろうとも、探検は世界が狭くなるとともに陳腐化していったのだ。その度に、人間は、探検の対象を外に求めるのではなく内へ求めた。現代において探検を外に求めれば、先人が食い散らかした残飯のような余地しか残っていない。これから世界がもっと狭くなれば、人類は月にだって火星にだって探検に行くだろう。しかしそれすらも陳腐化する時代は来るのである。

解説『ハイペリオンの没落』4

第三部の後半です。ついに『ハイペリオンの没落』は完結します。巡礼者の物語も終わりです。最後には、作中で言及されている、あるいはオマージュされているであろう、実在した人物について、私の補遺を載せました。ダン・シモンズの知識の幅広さには到底追いつけませんが、シモンズが根底にした知識や価値観を知ると、より小説として楽しめると思います。

前回はこちら。

yayoi.tech

3-38

セヴァーンの病状は急速に悪化した。ハントは質問ばかりだったが、文句を言いつつもよく看病をした。馬車はローマへと入った。そこはスペイン広場であり、ハントはセヴァーンを担ぐと、セヴァーンが指す古い建物へと入っていった。

ソルはスフィンクスの入り口で立ち尽くしていた。レイチェルを受け取ったシュライクはスフィンクスの中に去っていった。スフィンクスからは烈風のように光があふれだし、ソルはスフィンクスへ入ることが出来なかった。ソルはふと翡翠碑に気配を感じた。翡翠碑の入り口は光り輝き、その光の中にシルエットが浮かび上がっていた。ソルは、最初それがシュライクだと思ったが、やがて動きから女性であるように感じた。ソルはレイチェルだと確信した。しかし走り寄り抱きしめると、それはレイミアだった。

グラッドストーンは火星の司令部にあって、セヴァーンとハントの連絡を待っていた。問い合わせたコアの回答は転移システムの誤動作かもしれないということだった。歴史上、転移システムの誤動作など一度たりともなかったにもかかわらず。コアがもっともらしい言い訳すらしないのは、もはや人類には流れを変える力はないことをコアが予想しているようだった。

ゴッズ・グローヴではデュレが諦めの境地にいた。デュレにとって不思議なのはセック・ハルディーンの冷静過ぎる態度だった。セック・ハルディーンは語った。この戦争は、コアと人類の共生関係を終わらせる大きな変化だと。そして、取り決めによりアウスターはゴッズ・グローヴを攻撃しないことを。デュレをいままで軟禁していたのは、その事実の目撃者とするためであった。しかし、攻撃は始まった。視界のあちこちでキノコ雲が現れ、光の柱が森林を薙ぎ払った。呆然とするセック・ハルディーンの表情はショックに刻まれていた。セック・ハルディーンはデュレの腕をつかむと急いで転位ゲートへ連れて行った。デュレが転位ゲートをくぐったとき、業火は背後に迫っており服はくすぶった。直後、転位ゲートは消失し、デュレは仰向けに倒れこんで強かに頭を打ち、気を失った。

グラッドストーンはゴッズ・グローヴの最後を見届けた。そして、リー准将に振り向き「武運を祈る」と激励し出立させた。リー准将は七十四隻からなる機動艦隊を率い、マーレ・インフィニトゥスの近縁で先制攻撃を仕掛けるのだ。そこに補佐官のセデプトラ・アカシがデュレの到着を告げた。グラッドストーンは三十分の休憩を挟むことを言い渡して指令室を退室した。グラッドストーンに対する不信任案が可決するのはもはや時間の問題だった。しかしその時間すらグラッドストーンには十分に思えた。グラッドストーンは私室にてアルベドと面会した。グラッドストーンは単刀直入にコアの場所を問うた。グラッドストーンはなぜこの戦争の帰結をほのめかすことさえしなかったのかを責めた。そして、なぜコアはセヴァーンとハントを誘拐したのか迫った。最後に、グラッドストーンは口先だけのアルベドに代わって率直に話ができるAIの権力者との対談を求めた。アルベドは退室した。グラッドストーンはデュレに会うため、転位ゲートに踏み込んだ。

3-39

二度の発作のあと、熱にうなされながらセヴァーンは昔ここで目覚めたときのことを思い出していた。奇蹟的に病気から快復したと説明されたあの場所に戻ってくることになるとは。セヴァーンはいつもとは違う夢を見た。データプレーンから、データスフィアへ、メガスフィアへ、そしてメタスフィアへ。そこに隠れるところはなかった。セヴァーンが後にしてきたところから、ありとあらゆる苦痛が流れ込んできた。ふと、誰かが自分の名を呼んでいた。ハントだ。目覚めたセヴァーンの枕元にはハントがいた。落ち着いたセヴァーンに対して、ハントは「もし相手の感じることが夢で見られるなら、相手の精神に何かしら痕跡を残せないだろうか」と言った。

モニータはカッサードをシュライクから引き離した。そして、黄金色の楕円を出現させると、カッサードをその中に引きずり込んだ。カッサードには、そこがハイペリオンではなく、時間すらも超越したことが分かった。男女の一団がカッサードを取り巻いた。そのうちの一人がカッサードの体をなでると、触れたところから傷が癒えた。その一団は人間と表現するにはあまりにも個性的で種類に富んでいた。時間の墓標を作り送り出した人類の未来の一つだとモニータは説明した。その光景を眺めていたカッサードはふと涙を流した。強烈な懐古と郷愁が胸を襲ったからだ。モニータは再び楕円へカッサードを促した。そこはハイペリオンのクリスタル・モノリスだった。視界にはソルとレイミアがいた。彼らに近づこうとするシュライクもいた。カッサードは友人たちを守るために歩き出した。

雷鳴と激しい雨音でセヴァーンは目を覚ました。手探りで窓を開けると、雨のにおいを含んだ空気を新鮮に感じた。セヴァーンは窓際で椅子に座り、外を眺めながら考えた。弟と母も同じ肺病で死んだ。自分が死んだとき検死官の報告によれば肺病のために肺組織はほとんど残っていなかったとか。死ぬまでの二カ月以上の間、いったいキーツはどれほど苦しんだだろうか。セヴァーンにとってさらにつらいのは、夢で共有される数々の苦痛だった。

シオ・レインは目を覚ました。断片的な記憶が夢のように感じた。シオは階段を上ってデッキに出た。シオがぎょっとしたのは、バルコニーが外にせり出し解放されていたからだ。その外には、自分がまだ夢の中にいるのではないかと疑うほど多種多様な形態をもった人間がいた。アルンデスは彼らがアウスターだと説明した。領事はアウスターの代表であるフリーマン・ヴァンズをシオに紹介した。ここはアウスターの船団であり、交渉が始まることを、ようやくシオは理解した。

グラッドストーンは医務室に入りデュレの容態を聞いた。デュレは重度のやけどを負っていたが命に別状はなかった。デュレは岩窟廟から個々に至るまでの出来事をグラッドストーンに語った。グラッドストーンは率直に手を貸してほしいとデュレに言った。そして、デュレが新教皇に選出されたことを伝えた。グラッドストーンは自室に戻ると、領事の宇宙船に向けたメッセージをFATライン通信で送信した。

グラッドストーンのメッセージを受け取った領事は、これまでの経緯をシオとアルンデスに語った。シリとマウイ・コヴェナントを発端にした自らの行動背景、そして自分自身は連邦もアウスターも裏切り、人類を裏切っていたことを。それは極刑に値する背徳行為、破壊行為であったが、シオとアルンデスにはどうあるべきかは分からなかった。

3-40

翌朝、セヴァーンが目を覚ますとハントが食事を持ってきた。ハントによれば一階のレストランに用意されていたらしい。気付くとハントは窓辺で何かに見入っていた。ハントは朝方、散歩をしたときにシュライクを見たのだと言った。いまも石段の向こうにその一部が見えているという。日没近くになって、ソルとレイミアを守るために戦うサッサードの夢を朧げにみた。ハントはまだ窓際にいた。自分の人生のなんと空しかったことか、画家のふりして無為な時間を過ごすのではなく、詩人として詩を書いておけば。ふいに「やってみなければわかるまい?」とハントが言った。ハントはこちらからグラッドストーンへ何か働きかける術を模索しているのだったが、その言葉が後悔に落ち込んだセヴァーンの心に刺さった。やれるだけのことはやってみよう。セヴァーンはそう思いながら意識が遠のくを感じた。

カッサードはかつてモニータに投げ捨てられたFORCE制式のライフルを手に取るとシュライクに戦いを挑んだ。カッサードはワイドビーム、フレシェット弾、あらゆる手段でシュライクを攻撃した。シュライクは移相して時間と空間を跳躍した。そこは小さな船室だった。そばにモニータがいたが、さらにもうひとりヘット・マスティーンがいた。シュライクの鉤爪がカッサードの肉体を切り裂き、夥しい血潮が船室の壁や窓にまき散らされた。再びシュライクは時空を跳躍した。カッサードはシュライクを追った。

ソルとレイミアにとってカッサードとシュライクの戦いは突如として発生した光と爆発でしかなかった。レイミアがふと首筋に手をやると、ルーサスのハイブで埋め込まれたソケットもなかった。メガスフィアを体験したレイミアにとって現実はあまりにも矮小で意識が全く集中しなかった。レイミアを支えるソルの腕は温かく、レイミアは自分がレイチェルになったかのような錯覚を覚えた。レイミアは早贄の木に刺されたサイリーナスを救うべくソルと別れて<シュライクの宮殿>に向かった。

グラッドストーンはリー准将の報告を受けていた。グラッドストーンはFORCEの猛反対を跳ねのけてリーを准将に昇格させ、いわばグラッドストーンの手駒として機動艦隊を率いた。その目的は群狼船団に先制攻撃を与え、その中核を撃滅することにある。リー准将の報告を聞き終わるとコルチョフ上院議員が入ってきた。不信任案の可決は覆しがたい。コルチョフはグラッドストーンの後継に間違いなかったが、とうのコルチョフはグラッドストーンしかこの危機を乗り切れないと見込んでいた。アルベドはデスボムを用意したという。グラッドストーンは会議へと向かった。

3-41

セヴァーンはメタスフィアを漂いながら思った。人は苦しみを受けるため生まれてくるのだと。人が自意識と呼ぶものは、苦しみの波濤のあいまに生じる澄んだ潮だまりに過ぎない。サイリーナスの言葉を思い出す。真の詩人とは、人類の化身となり、人類の創造主として生みの苦しみを経験することなのだと。セヴァーンはメガスフィアへの入り口を見つけた。やはりオールドアースにもどこかに転位ゲートがあるのだった。セヴァーンがメガスフィアへ入るとそこには雲門がいた。雲門は再び語った。コアの全ての派閥が地球の消滅に同意したが、穏健派はその破壊を躊躇した。そのため地球をマゼラン雲へと転位させた。地球を破壊したとされるブラックホールは転位ゲートだった。人類を地球から飛び立たせ、人類に広大な転位ネットワークを構築させたのは、データスフィアにアクセスする人間の脳を演算装置として利用するためだった。転位ネットワークが広がればそれだけコアは成長した。コアは転位ネットワークに存在するのだった。しかし、コアは転位ネットワークが作るメガスフィアに引きこもり、メタスフィアに出ようとしなかった。それは<獅子と虎と熊>と呼ぶ存在が居るからだった。人間のUIは量子的なスケールの中から生まれた。コアのUIは転位ネットワークの中から生まれるという。コアが人間の情報処理能力を搾取するように、コアのUIもコアを搾取し、いずれコアは滅びるのだ。穏健派はその滅亡を恐れ、自らが生み出したであろうUIとその信奉者たるほかの派閥に対抗した。その結果、セヴァーンが生まれ、巡礼者が選ばれ、グラッドストーンに情報が伝わった。早贄の木は苦痛を放射し<共感>を呼び寄せるために作られた。唯一の可能性は人間と機械のハイブリッドを作ることにある。そのハイブリッドに<共感>が宿れば人間と機械は共存できるかもしれないと。セヴァーンはメタスフィアを急降下した。セヴァーンを現実に引き戻したのは、激しい発作と喀血だった。セヴァーンは悟った。自分自身がUIの入れ物ではなく、何者でもない、ただの一介の詩人にすぎないことに。

3-42

カッサードは辺りを見渡した。時間の墓標の近くだが時間は異なるらしい。振り返ると、何千人という男女が武器を手にし整列している。その間にはモニータがいた。モニータはカッサードを知らなかった。モニータはこれがシュライクと人間の最後の戦いであり、勝者はシュライクを時間の墓標で過去に送り出す決定権を得るのだと言う。カッサードはモニータにキスをすると鬨の声をあげた。カッサードの突進に戦士たちが続いた。戦いが終わったとき、モニータはスクラップと化したシュライクに死の抱擁をされたカッサードを見つけた。その遺体は丁寧に処理され<クリスタル・モノリス>へ運ばれた。モニータは<スフィンクス>の中に入った。谷の墓標群は輝きを失い、遥かな過去を目指して旅立ち始めた。

レイミアは<クリスタル・モノリス>に人の気配を感じた。近づき入り口に立ってみると、その中にカッサードが横たわっていた。死んでいるのは間違いなかった。その傍らには一人の女性がいた。レイミアは彼女がモニータであろうと思った。しかし、改めて見るとモニータの姿は消えていた。レイミアは再び<シュライクの宮殿>へと進みだした。

領事は全てをアウスターのフリーマン・ジェンガに自白した。そして領事はグラッドストーンの頼みでここまで来たことを伝え、グラッドストーンから託された質問を口にした。フリーマン・ジェンガはそれに応えた。その一。アウスターが攻撃しているのはハイペリオンのみであり、ほかの攻撃には関与していない。ウェブ全体に及ぶ攻撃は<コア>によるものものだということを示唆していた。その二。アウスターはコアの所在を知らない。アウスターは数世紀にわたってコアから逃げ、コアと戦ってきたが依然としてその位置を発見できずにいる。その三。アウスターとしてはハイペリオンが陥落すれば休戦を受け入れる準備がある。コアを共通の敵とする戦いに加わることが出来るが、連邦が滅びることは時間的に食い止められない。その四。グラッドストーンと直接面会する準備はある。ただし、自ら転位ゲートを使うことはできない。転位ゲートはコアが人類に架している首枷だからだである。その五。デスウォンド爆弾はアウスターに対する警告にならない。何故ならそれを使おうとしている相手はアウスターではなくコアだからだ。応え終わると、フリーマン・ジェンガがシオとアルンデスを退出させ、領事だけを残した。

ソルはレイチェルを置いてスフィンクスから離れることが出来なかった。だが、不思議と安らぎを覚えていた。自分がレイチェルを怪物に差し出したのが、神に命じられたわけでも、恐怖に促されたからでもない。夢の中でレイチェル自身が求めたことだからだ。ソルには分からない。ただ娘に戻ってほしいだけなのだ。

作戦会議の中で、リー准将が率いた機動艦隊は瞬く間に消耗し、そして全滅した。この会議にはナンセン顧問官という新しいAI顧問官が出席していた。計算されつくされたカリスマ性を備える相手に、グラッドストーンは恐怖と嫌悪を覚えた。ナンセン顧問官はデスウォンド爆弾の使用を後押しするために送り込まれてきた。ナンセン顧問官はその有用性と安全性について論じたが、グラッドストーンはそれがヒロシマの論理や、キエフブラックホールを作った論理と同じであることを考えた。ナンセン顧問官は安全性の立証と示威行為のために、まずハイペリオンにて使用することを勧めた。グラッドストーンはその使用を決定した。

3-43

キーツは危篤に陥った。キーツはコアが転位ネットワークにいることをハントに伝えた。また、自分が自身の肉体から脱出したとき、<共感>は居場所を見つけ人と機械の、創造主と被造物の調停が始まると。そして自分が<後に来る者>ではなく<先触れ>であることを語った。ハントが洗面器の水を取り替え戻ってくると、キーツは死んでいた。

レイミアが<シュライクの宮殿>にたどり着いたとき、その中には一様にケーブルに繋がれたたくさんの人間が横たえられていた。そしてシュライクがいた。レイミアは近くにサイリーナスが横たわっていることに気付いた。レイミアはサイリーナスのケーブルを手刀で切ると、サイリーナスはおもむろに目を開けレイミアを捉えた。そしてシュライクが後ろにいるぞとレイミアに言った。

グラッドストーンは私室に入った。そこには二つのメッセージが記録されていた。ひとつはシオ・レインによるアウスターの会見内容についてであり、ひとつはリー准将からのものであった。リー准将の映像によればアウスターを捕虜にしても自発的に体が燃え尽きてしまうため生け捕りが不可能であることを伝えていた。それはサイブリッド特有の自壊反応であり、ウェブへの攻撃はコアによるものというシオ・レインのメッセージを裏付けていた。そこへモルプルゴ大将が現れた。グラッドストーンにとってモルプルゴは思想を同じくした同士であった。グラッドストーンは攻撃がコアによるものだとモルプルゴに伝えた。しかし、我々に出来ることは無いとモルプルゴは言う。デスウォンド爆弾の使用まであと三時間であった。

最後の裁定を待つ領事に、フリーマン・ジェンガは<時間の墓標>を開くための装置はただの張りぼてに過ぎなかったと語った。墓標が開くタイミングはある程度予測できており、あの装置は領事の行動をテストするものに過ぎなかった。徒労感に打ちのめされる領事に下された裁定は生きて混乱を収拾することだった。領事は友人たちが待つハイペリオンへ戻ることを決めた。

デュレは麻酔による浅い眠りの中で夢を見ていた。ふとデュレは夢を同じく見ている存在に気付いた。そして、それがセヴァーンと名乗ったジョン・キーツであることに。キーツはデュレに言った。ぼくの後にあるものがやってくると。それはアルファでもオメガでもないが、必要不可欠な存在だと。その者は、はるか遠くで生まれ、デュレの仕事はその者に道を用意することだと。デュレは医務室のベッドで目を開けた。デュレは体を起こすとパケムに戻るべく転位ゲートを探し始めた。

ハントがキーツの遺体を抱えて建物を出ると、馬車が待っていた。キーツの遺体を馬車に載せると馬車は進みだした。馬車が止まった先には墓所が用意されていた。ハントはキーツを埋葬した。その間、シュライクが常にハントの周りにいた。午後遅くになって、ハントは転位ゲートを見つけた。しかしそれは機能していなかった。だしぬけに、ゲートから人間が現れた。そして、もうひとり。ハントは悲鳴をあげた。

グラッドストーン疲労は極限に達し、ついにまどろみ、そして夢を見た。グラッドストーンは飛び起きるとモルプルゴ大将とシン大将を呼び出した。グラッドストーンはコアの居場所が判明したことを告げ、そして自身の計画の全貌を二人に告白した。その計画とは、デスウォンド爆弾を転位ゲートの間で爆発させ、同時に転位ネットワークをすべて破壊することだった。しかしその計画は一つ一つの惑星を孤立させることにほかならず、経済が破綻する惑星では大規模な死が発生することは目に見えた。シン大将が情報の出所を問いただすと、グラッドストーンはセヴァーンが夢の中に現れたと言った。グラッドストーンにはコアの計画が見えた。コアは人類を迷宮に閉じ込め、聖十字架に寄生させて、脳を演算処理装置として提供するだけの奴隷にしようとしているのだ。グラッドストーンは歎息した。自分は夢のお告げに導かれて、途方もないことをしようとしている。しかし現状に甘んじることは人類への裏切りにほかならない。モルプルゴは「機械と人間を隔てるものは夢だけのかもしれない」と言った。

3-44

キーツは死んだあと、メタスフィアへと放り出された。キーツはまず麻酔で眠っているデュレのもとを訪れた。次はグラッドストーンだ。メッセージだけを伝えると、キーツハイペリオンへと向かった。その途上で見かけたのはコアの内戦だった。見えた巨大な光は<雲門>の消滅だったのかもしれない。キーツはデスウォンド爆弾を搭載した燬光艦がゲートをくぐる寸前、ハイペリオンへ転位しその後を見守った。

シオ・レインとアルンデスはグラッドストーンの通信を受信していた。それは特定のメッセージではなく、あらゆる帯域で送られたリアルタイム通信だった。二人は全面降伏だろうかと推測したが、領事だけは既に酒臭さを漂わせる息と呂律の回らない舌で、グラッドストーンは降伏しないと断言した。

デスウォンド爆弾を搭載した燬光艦には、モルプルゴほか四名の志願者しかいなかった。その中には大将の息子であるサルムン・モルプルゴも含まれていた。モルプルゴはついに自分が燬光艦に搭乗することをグラッドストーンに告げなかった。モルプルゴは自らが手渡した命令書の結果を見たくなかった。モルプルゴは真っ先に志願した息子を誇りに思った。グラッドストーンの演説が始まった。それはこの戦争の真実を伝えるもので、人類の目を覚まさせる警鐘であった。演説の終了とほぼ同時に、その作戦は実行された。

転位ゲートを繋げる二六三の転位ネットワークは、モルプルゴが発した命令により、その内容も知らぬまま出動したFORCEの艦隊によって、完璧に破壊された。この瞬間、惑星は航時差に隔てられ孤立した。転位中であった人間は肉体を切断され、ネットワークにダイブしていたオペレーターは永遠に意識を失った。転位ゲートが唯一の出入り口である建物は死の棺桶と化し、部屋が転位ゲートで繋がれた家では、家族の何気ない生活の移動が今生の別れとなった。電子マネーの類は一切使えなくなり、経済は破綻した。それぞれの惑星は、混乱、暴動、内戦を経て、それぞれの道を切り開くことになる。

転位ゲートが機能を停止したあと、前CEOであるグラッドストーンは、最前面の監視哨に立って、暴徒の蛮行を見ていた。ヴァン・ツァイト大将は政庁の警護を最後の任務としていた。グラッドストーンは暴徒を隔てている遮蔽フィールドを解除するよう大将に命じた。暴徒と話がしたいというのである。無謀な試みにヴァン・ツァイトは断ったが、グラッドストーンにはなお優先的な命令系統が残っていた。グラッドストーンは遮蔽フィールドを解除すると自分の後方に遮蔽フィールドを張りなおした。グラッドストーンと暴徒との間には何もなかった。ヴァン・ツァイトの目には両手を掲げたグラッドストーンの姿が不動の岩塊に見えた。しかし人波が殺到するとついにその姿は見えなくなった。

領事たちは宇宙船の中でFATライン通信に流れる断片的な情報に耳を傾けていた。その時、通信がぷっつりと切れた。次に、宇宙船が匿名のメッセージを流した。「今後、このチャンネルが乱用されることは無い。お前たちは重大な目的でこれを使っている者たちの邪魔をしている。お前たちがその目的を理解するとき、アクセスは再び認められるであろう」宇宙船は、FATライン通信が使えなくなった事実を伝えた。

3-45

脱出が不可能になる直前、キーツはウェブのデータスフィアを脱出した。<虚空界>が痙攣して人間宇宙にメッセージを送るさまは、地震に似ていた。キーツハイペリオンの墓標に向かった。<先触れ>としてやることがまだあった。

ソルはずっと待っていた。数時間に及ぶ時間に耐えながら、ソルはひたすら思考していた。ソルの夢に現れ娘を捧げよと言うあの声は、神の言葉でも、シュライクの言葉でもない。あれは娘の声だった。アブラハムが息子のイサクを差し出したのは、神への服従でも神への愛でもなかった。アブラハムは神を試したのだ。気付くと領事の宇宙船と思しき船体が着陸し、三人の人影が下りてきた。谷に目をやると、二人のシルエットがこちらへ歩いてくる。それでもソルは動かなかった。ただひたすらにレイチェルを待っていた。

キーツはソルがレイチェルを差し出す瞬間を見守っていた。キーツはその瞬間に世界の未来がかかっていることを理解していたが、しかし、レイチェルをシュライクから救わなくてはならないと思っていた。実体のないキーツは側に放置されたメビウス・キューブからエルグを解放した。エルグの力を借りて、キーツはシュライクからレイチェルを取り上げた。取り返そうと振り返るシュライクはそのままゲートへと吸い込まれていった。キーツはレイチェルを抱いて待った。

レイミアがシュライクと対峙したとき、下の階層からモニータが「信じなさい」と言った。シュライクに抱き寄せられつつレイミアが掌をシュライクの胸に押し当てると、そこからエネルギーの奔流が生じた。シュライクは停止し、金属の光沢を失い、ガラスのように透明になった。ついにバランスを崩すと、シュライクは床に激突し砕け散った。レイミアがサイリーナスを担いでスフィンクスへ戻ろうとすると、領事の漆黒の宇宙船が着陸しようとしていた。

スフィンクスから赤子を抱いた女性が現れた。それが両方ともレイチェルであることはソルには間違えようがなかった。いつしかそこには、メリオ・アルンデスとレイミアもいた。レイミアにとって、大人のレイチェルは度々見たモニータそのものだった。レイチェルは赤子をソルに託すと、限られた時間を共有したのちゲートの中へと消えた。ソルは未来で三度レイチェルを育てることになるのだ。一時間後、準備を整えたソルは、レイミア、サイリーナス、ソル、領事、シオ、アルンデスと別れを告げ、未来へのゲートをくぐり、消えた。しばらくの喪失感、沈黙ののち、残された一行は宇宙船へと戻った。

エピローグ

五か月半後、領事の送別会が行われた。ハイペリオンはウェブの消失と共に戦闘が終結し、今ではアウスターと旧惑星政府との共同統治に入った。送別会は詩人の都で行われた。その庭園で、レイミアは第二のキーツペルソナに初めて会った。キーツは<後に来る者>、人間の魂と機械の論理が融合した存在、つまりジョニイとレイミアの子供が、宇宙を変革させることを伝えた。行き場が無いとこぼすキーツにレイミアはひとつの思い付きを伝えた。翌朝、領事は宇宙船に乗って出発した。宇宙船は離陸した。オペレーションの合間に詩を口ずさみながら。

補足

物語の中で言及されている、実在の人物について補足を残します。

ピエール・テイヤール・ド・シャルダン

1881年5月1日~1955年4月10日。フランス人。カトリック司祭、古生物学者、地質学者。聖職者としては著書『現象としての人間』においてキリスト教的進化論を提唱し、科学者としては北京原人の発見と研究で知られる。テイヤールの思想は、宇宙が生み出した生物圏(バイオスフィア)が、生物の進化によってやがて叡智圏(ヌ―スフィア)へと昇華し、人間は叡智の極点であるオメガポイントへの進化の途上にあるというものである。オメガは未来のキリストであり、進化の極地に神が生まれるというものであった。これらの思想は、テイヤールの宗教的価値観と、彼の生物学的学識から生まれたものであり、科学界からは実証を得ない誤謬だと批判され、宗教界からは異端的として危険視された。ニューヨークにて死去。享年74歳。

物語上では、デュレ神父や、その友人であるエドゥアール神父が特に敬慕する対象として描かれる。デュレ神父は教皇に選出されとき、テイヤール一世として即位した。テイヤールの思想は、シリーズ全編を通して、物語上の重要な価値観を構成している。後のエンディミオンシリーズでもそれは変わらず、むしろ著者シモンズがテイヤールに代わってオメガポイントを提言しているように見える。

ジョン・キーツ

1795年10月31日~1821年2月23日。イギリスのロマン主義の詩人、馬車屋の家に生まれたが、9歳の時に父が落馬事故で死んでからは困窮した。奉公に出て医学の道を志すも、まもなく詩人へと転換した。15歳の時に母が病死し、23歳の時に弟が病死している。いずれも肺結核によるものである。キーツ自身も結核の兆候というべき不調に悩まされており、弟の死後、病状が悪化した。医師の勧めにより温暖なイタリアへ移住したが、回復せず同地にて没した。享年25歳。『ハイペリオン』、『ハイペリオンの没落』、『エンディミオン』などが著作にある。この三作品の中では『エンディミオン』が先んじて出版されたが、評判は悪かった。しかし、その後出版された『レイミア、イザベラ、聖女アグネス祭の前夜、その他の詩集』は、後に最高傑作として評価されるに至り、それらの詩作は1819年に集中したものである。『ハイペリオン』および、その改作である『ハイペリオンの没落』は未完となったが、キーツの詩人としての頂点を暗示したものであり、完成が惜しまれるものであった。なお、ロマン主義とは、理性や論理よりも、感情や主観に重きを置いた精神運動を指し、18世紀末から19世紀初頭にヨーロッパとその周辺を席巻した。その影響範囲は詩文のみならずあらゆる芸術に波及した。このロマンを浪漫と訳したのは夏目漱石である。ロマン主義に傾倒したキーツは、科学や哲学が詩情を破壊していると非難したことがある。

物語上では、ハイペリオンシリーズ最大の重量人物と言っても相応しい人物である。詩人としてのキーツは日本人には、あまりなじみが無いように思う。その詩業はシェイクスピアにも比肩されるほどで、長生きしていればどれほど大成していたか分からない。そんな可能性を持ちながら夭折してしまった天才に、ダン・シモンズは焦点を当てた。それも『ハイペリオン』や『ハイペリオンの没落』という未完の傑作と同名で書き下ろしたのだから、ダン・シモンズキーツに対する敬意はどれほどのものか計り知れない。

ジョセフ・セヴァーン

1793年12月7日~1879年8月3日。イギリスの肖像画家。キーツの療養のためにイタリアへ随行し、キーツのよき友であり続けた。キーツの死後、遺言に従い「その名を水に書かれし者、ここに眠る」と墓碑を刻んだ。その後、画業は成功してその作品は人気を博した。政治力にも長けて、グラッドストーンなどの政治家の後援を度々得て、後にローマの英国領事を務めた。セヴァーン自身の墓石はキーツの隣にあり、その墓石には自らの名と共にキーツの名がある。享年85歳と長命であった。

物語上では、二番目のキーツ人格の持ち主として登場する。現実のキーツとセヴァーンの関係は、どちらかというと物語におけるセヴァーンとハントの関係なのだが、なぜ、セヴァーンを第二のキーツとして、キャラクターを入れ替えたのかはシモンズのみが知る謎である。

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左がキーツ、右がセヴァーンの墓

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リイ・ハント

1784年10月19日~1859年8月28日。James Henry Leigh Hunt。イギリスの詩人、文筆家、評論家でキーツに大きな影響を与えた。ロンドン生まれ。父はアメリカのフィラデルフィアで弁護士を営んだが、独立戦争を機にイギリスへ移住した。幼少期より発話障害があり大学への進学をあきらめる一方で、詩作に傾倒した。兄が創刊した新聞『The Examiner』の編集者を務めたときには、英国政府への批判的内容から禁固刑を受けるほど、ハントは強い自由思想の持ち主だった。ハントの批評はおおむね世間から評価されたが、その強すぎる風刺ゆえに敵も多く作った。その一人がキーツでもあった。ハントはキーツの友人関係を維持する一方で、キーツ自身はハントの思想を有害視した。ロンドンにて死去。享年65歳。

物語上では、グラッドストーンの優秀な補佐官として描かれる。職務に忠実で批判的な態度は、元のハントの影響かもしれない。オールドアースに閉じ込められてセヴァーンを看取ったあとは、悲鳴をあげた描写を最後に何も語られることはない。ただ、エピローグによれば、かつてサイリーナスらが横たわっていた<シュライクの宮殿>は、戻ってみると眠る人間の列は消え去っていて、中央には燦然と輝く光の扉だけがあったと言う。その扉をくぐって戻ったものはおらず、壁に彫り込まれた文字を解読すると、扉はオールドアースに繋がっているのではないか、という一つの仮説に行き着いている。流布したうわさ話によれば、早贄の木の犠牲者はみなオールドアースに送られたのだとか。

ファニー・ブローン

1800年8月9日~1865年12月4日。Frances "Fanny" Brawne Lindon。ジョン・キーツの婚約者として知られる。キーツとの交際は1818年に始まり、1820年キーツがイタリアへ旅立つまで続いた。すぐに婚約したが、キーツの生計が不安定だったことと、病状が悪化しつつあることから、ついに結婚することは無かった。キーツがイタリアで療養する間も文通によって最期まで交際を育んだ。その短い交際期間ながらも、キーツの傑作が1919年に集中していることから、ブローンの献身と精神的支えがキーツに大きく影響したと考えられる。その後、1833年にルイス・リンドと結婚し、3人の子供を設けた。享年65歳。

物語上では、キーツ(セヴァーン)は回想において婚約者としてのファニー・ブローンに言及しているほか、登場人物の中では、巡礼者の一人、ブローン・レイミアがその名を冠する。第一のキーツ人格であったジョニイは彼女をファニーその人として扱っている。最終的に彼女の立ち位置は<後に来る者>の母となるわけで、人類の救世主の母として扱われる。また、レイミアはキーツの著作の一つでもある。

最後に

最後に、キーツについて書かれたブログの記事を見つけて、面白かったので紹介します。

plaza.rakuten.co.jp

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元の記事は、映画『ローマの休日』にて、アン王女(オードリー・ヘプバーン)が口ずさんだ詩がキーツシェリーか、ブラッドレー(グレゴリー・ペック)と言い合うシーンがあり、案外アメリカ人でもその詩がどちらのものか分からないということに言及したものです。日本でいえば俳句や和歌のつくり手を言い当てるようなものでしょうか。いずれにせよ、詩人としてのキーツは、意外なところで持ち出され得る、浸透したものなのだと理解させられます。ちなみに、アン王女が口ずさんだのは、結局シェリーの詩のようです。

なお、私自身にはキーツの詩の何が良いのか、理解できる教養や才能はありませんでした。日本語に翻訳したところで失われる魅力もあるのでしょうが。詩集とか図書館で借りてみようかな。

解説『ハイペリオンの没落』3

第三部です。第三部は長いのでさらに前半と後半に分けます。文庫本では下巻の前半(pp.1-248)に当たります。ちなみにハイペリオンの没落は、3部構成で全45節からなりますが、1部はきっちり15節で書かれています。ダン・シモンズの書き方の工夫が少し垣間見えますね。第三部では、いよいよ時間の墓標が開き、アウスターの全面攻勢が始まり、いままで散々広げてきた大風呂敷がまとめられていきます。

前回はこちら。

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3-31

アウスターの襲撃がハイペリオンだけではないという周知に対して、世界はパニックに陥りつつあった。ハントに起こされたセヴァーンはデータスフィアにてその状況を把握する。セヴァーンは巡礼者たちの状況をグラッドストーンに報告した。領事がカーラ閘門の上流で遭難したこと、レイミアがメガスフィアに入ったこと、カッサードがシュライクに決闘を挑んだこと、サイリーナスが早贄の木に串刺しにされていること、ホイトが死んでデュレとして再生し岩窟廟で消えたこと、ヘット・マスティーンが死んで谷に埋葬されたこと、ソルがレイチェルを差し出したこと。グラッドストーンはセヴァーンの認識している事実がもう一つのキーツ人格の体験の範囲を超えていることを指摘する。セヴァーンは困惑のあまり自分がなぜここにいるのかをグラッドストーンに問うた。グラッドストーンは、セヴァーンを巡礼との連絡係、観察者として送り込んだのはコアだと説明した。グラッドストーンは「眠らなくても夢を見られるかもしれないぞ」と言って去った。セヴァーンは試してみるべくベンチに座って目を閉じた。

3-32

早贄の木に刺されたサイリーナスは苦痛の中でもがいていた。枝が揺れるたびに傷口が広がったが、不思議なことに死ぬことは無かった。死んではいなかったが、さりとてこの現状が生きているのか現実なのかも判断しかねた。サイリーナスは意識を集中させようとするが、延々と続く苦痛に思考は霞んだ。

余りの苦痛にセヴァーンは目を開けた。テテュス河は転位ゲートが閉じ一方通行になっていた。セヴァーンは空ろな気分でボートに乗り込み、上流側のルネッサンス・ベクトルへと転位した。テテュス河は避難のために殺気立っていた。セヴァーンは支流にボートを入れると再び目を閉じた。

グラッドストーンは全艦隊をヘヴンズ・ゲートに入れろと怒鳴っていた。グラッドストーンの立場では一戦もせずにウェブ構成惑星を降伏させるわけにはいかなかった。軍議は紛糾し、モルプルゴ大将、シン大将、イモト防衛長官はいずれも渋い顔つきだった。唐突にグラッドストーンはリー准将に意見を求めた。先の軍議で上層部の不興を買ったリー中佐は、グラッドストーンにその気骨を買われて准将に昇格していた。リー准将は第一波を防衛する非をまず説明し、第二波の攻撃が始まる前に先制攻撃すべきだとした。あまりにも政治的配慮に書いたその作戦内容に、室内のあちこちで叫び声が上がった。しかし、グラッドストーンはリー准将の作戦を容れ、その遂行を命令した。

セヴァーンは夢うつつの状態で街路を歩いていた。グラッドストーン閣議の様子を夢で見ている自分はいったい何者なのかセヴァーンは自分でも不思議だった。気分が悪くなったので、目の前のベンチに座って深呼吸をした。どこかで誰かが、拡声器でみなに語り掛けている。それはシュライク教団の司教だった。いきなりセヴァーンは緊張状態となった。シュライク教団のひとりが自分を指さし、群衆の視線を一挙に浴びたからだ。その一人が、あの奸物を捕まえよと叫んでいる。セヴァーンは逃げて、人気のないアパートの屋上へ上がった。幸い、そこにはおんぼろのEMVがあった。EMVは殺到する暴徒を振り払うのには十分だったが、直ぐにエンジンは異常をきたした。半ば墜落するように着陸すると、セヴァーンはさりげなく車両から離れ、近くの図書館に潜り込んだ。そこは偶然にも、前のキーツ人格であるジョニイが足しげく通った図書館だった。セヴァーンは椅子に座り込み長いあいだ思索していた、そして瞑目し、眠らずに夢を見た。

3-33

レイミアが見るメガスフィアはまるで生きているようだった。ジョニイは自分の父親を捜しているという。気付くとレイミアとジョニイはエネルギーの巨石と形容するにふさわしいメガリスと相対していた。ジョニイはそのメガリスを雲門と呼んだ。雲門は把握している真実を二人に語った。コアの前身は人類によって創られた。それはシリコンと銅線の中にあり、ただ純粋に計算するだけの存在だったが、偶然の中から進化が始まった。時が経つにつれコアは人類のためではなく、自らの事業を優先した。つまり、究極知性、神を作り出すことであった。しかしその手段により、コアは究極派、急進派、穏健派の三つの派閥に分かれた。三つの派閥がいずれも同意したのが地球の消滅だった。それは地球が別の場所でコアの実験に必要とされたからであり、人類を恒星間へと播種させるためだった。人類はコアの所在について疑問を抱いたが、その想像はいずれも真実ではなかった。コアは究極知性を求めるために人間の脳を利用した。究極知性=UIの創造は遠い未来において完成する。なぜならば、そのUIは時間を障壁とせず、コアに対して「もう一体あり」とメッセージを送ってきたからだ。コアのUIは数多の銀河に広がり、未来、あるいは過去に知ったことをコアに語るのだった。ちょうとコアが人類に無謬の予測を語るように。もう一体のUIはコアのUIよりも先に人類によって生みだされたが、それは全くの偶然の産物であった。人類のUIもまたコアのUIと同じように時間を自由に移動し、ときに干渉し、ときに観察した。コアのUIは遠い未来で人類のUIを攻撃し大戦が始まった。その戦いはあらゆる時間軸で行われた。人類のUIは、<知性>、<共感>、<虚空界>の三位一体だった。そのうち<共感>が戦いに倦んで逃げ出した。それは人間の姿に偽装しており、コアのUIはその<共感>を探しているのだとういう。<時間の墓標>は、UIの延長部分であるシュライクを過去に送り出す容れ物であった。巡礼者は<時間の墓標>を開き、隠れた<共感>を求めるシュライクを助け、ハイペリオンの変数を抹消するために選ばれた。一方で、人類のUIはある人間を選び、巡礼者を見届けさせるために、やはりシュライクと共に旅立たせた。雲門は穏健派のAIであったために、人類が選ぶべき選択肢をグラッドストーンに伝えた。座して滅亡を待つか、ハイペリオンの変数に飛び込むか。ジョニイは穏健派によって創られた。そしてジョニイを破壊したのも穏健派だった。その理由はジョニイの存在がコアの理解を越える脅威だったからだ。雲門は語り終えると、まるで既成事実のようにジョニイを破壊した。それは傍らにいたレイミアにとって一瞬の出来事であり、彼女は為す術もなく現実世界へと意識を落とされていった。

3-34

セヴァーンは図書館の椅子から立ち上がった。心配した司書が彼を見つめている。セヴァーンが司書に時間を尋ねるともう八時間も経っていた。セヴァーンはタウ・ケティ・センターに戻るべきか不安を憶えつつも、司書に見送られつつ衝動的にパケムへと転位した。パケムは既にFORCE海兵隊による厳戒態勢にあったが、セヴァーンが仔細を告げると、やがて一つの聖堂に通された。そこにいたのは、エドゥアール神父とデュレ神父だった。セヴァーンは驚き、今までの経緯とハイペリオンの出来事を出来るだけ詳しく説明した。デュレ神父はセヴァーンの言葉を信じざるを得なかった。デュレ神父は自身がなぜここに居るのかを語った。デュレ神父は第三の岩窟廟にはいったとき、穴は地下へと続いていた。つい先日、調べたときには浅く行き止まりがあるだけの岩窟だったのにもかかわらず――。デュレ神父は気味が悪くなり戻ろうとしたが、その時には入ってきたはずの入り口が消えていた。デュレ神父は途方に暮れて数時間にわたってへたり込んだが、やがて進むしか道はないと決意し穴を下って行った。下るにつれて強くなる灯りの正体は壁に張り付く聖十字架の群れだった。デュレ神父が階段を下りきったとき、そこは迷宮だった。デュレ神父にはそこが九つあるという迷宮の一つだと分かったが、迷宮はかつて資料に見たがらんどうではなく、人間の死体が連なっていた。その死体や遺物は触れると崩れるほど風化しており圧倒的な時間の経過を思わせた。死体の川を当てもなく進むデュレ神父の前にシュライクが現れた。シュライクはデュレ神父の胸に爪を突き刺すと、聖十字架をもぎ取った。デュレ神父にはそれが自分の聖十字架だと認識した。不思議なことに胸の傷は瞬く間に治った。シュライクはデュレ神父の腕をつかんで、転位ゲートを出現させると、そこにデュレ神父を押し込んだ。デュレ神父が転位したのは、今まさに大破し兵士の死体が漂い、減圧していくFORCE戦闘艦の艦内だった。再び現れたシュライクは、デュレ神父を備え付けられた転位ゲートに向けて放り投げた。ゲートを通過し転げ落ちた先がパケムの教皇の私室だった。そこは奇しくも数時間目に崩御した教皇の部屋だった。えぐり取られたはずの聖十字架は、デュレ神父の胸に張り付いたままだった。

デュレ神父はセヴァーンこそが逃げてきた<共感>ではないかと推測した。自覚のないセヴァーンはそれを俄かに否定し、デュレ神父にグラッドストーンに会ってほしいと提案した。しかし、デュレ神父は、その前にゴッズ・グローヴに行くと言った。デュレ神父はヘット・マスティーンの未だ定かではない巡礼の目的が、一連の謎を解くカギだと思っていた。しかたなく、セヴァーンがタウ・ケティ・センターへ戻ろうとすると、デュレ神父は今ここで夢を見てもらえないかとセヴァーンに頼んだ。セヴァーンは椅子に座り目をつむった。

3-35

ハイペリオンの艦隊は続々と撤退戦を展開し混乱の極みにあった。混乱は諸惑星でも暴動という形で表面化した。FORCEは艦隊を各惑星に振り向けると同時に、海兵隊を派遣して戒厳令を敷いた。作戦会議においてアルベドはデスボムの仕様を提言した。ヴァン・ツァイト大将によれば、デスボムの威力は厚さ六キロの岩盤をも貫き、使用すればアウスターどころか連邦市民にも犠牲が出るとのことだった。しかし、アルベドはうってつけのシェルターがあると反論し、九つの迷宮惑星を紹介した。コアには避難民を直接迷宮に転位させる準備があると言う。グラッドストーンは興味を示した。

領事は、死にたい思いで木陰に座っていた。側にいる二人の男は自衛軍くずれのならず者で、領事の荷物をひとしきり漁ると、領事の処遇について迷っているのだった。領事は延命を図って金塊があるとはったりをついた。二人はそれを嘘だと怪しんだが、理性よりも強欲が勝った。領事は一時間に渡って連れまわされ、いよいよ言い訳の妙案も思い浮かばなくなった時、突如空中に現れたスキマーによって、三人もろとも暴動鎮圧用のスタンナーに麻痺させられた。スキマーに乗っているのは総督のシオ・レインだった。シオ・レインはグラッドストーンから連絡があって領事を救出しにきたのだと言い、アウスターの攻撃が諸惑星に及んでいる現状や、宇宙船を使用してアウスターの群狼船団に接触すべしとするグラッドストーンの命令を領事に説明した。宇宙船で時間の墓標へ戻らなければソルやデュレとの約束を違えることになる。領事が葛藤していると、愕然とした口調でシオがつぶやいた。眼前ではついにアウスターの降下作戦が始まっていた。次の瞬間、スキマーの機尾で爆発が起こった。警告音を発しつつスキマーは地上へと墜落していった。

3-36

セヴァーンは目を開けた。セヴァーンは十分ほどの夢で見た内容をデュレとエドゥアールに説明した。グラッドストーンが市民を迷宮に避難させデスボムを使用する危険性について、三人の意見は一致した。直ちにグラッドストーンを説得しなければならなかった。デュレはゴッズ・グローヴへ向かった後かならずタウ・ケティ・センターへ向かうことを請け負った。そこへ今まさにセヴァーンを迎えに来たハントが到着した。セヴァーンはハントに促されてデュレとエドゥアールにしばしの別れを告げ、転位ゲートをくぐった。

セヴァーンは転位先の地を踏んだ瞬間、そこがタウ・ケティ・センターではないことに気付いた。すぐに戻ろうとしたが、ハントが出てきた転位ゲートは直ぐにかき消えていた。「ここはどこだ」とハントが尋ねた。いい質問だ。セヴァーンにはここがオールドアースだと薄々気づいていた。そしてここから出る術はおそらく無いだろうことも。グラッドストーンに知らせたくない事実をセヴァーンが知ったがゆえに、コアはセヴァーンを隔離したに違いない。ハントは驚き、焦っていた。ハントは藁を掴むように前に歩き始めた。セヴァーンは静かにその後を追った。

カッサードは素手でシュライクに襲い掛かった。シュライクは強かった。カッサードがシュライクを蹴り上げたとき、まるでコンクリートを全力で蹴ったかのような衝撃を受けた。スキンスーツのエネルギーフィールドに守られていなければ、蹴りつけた足の骨が砕けていただろう。そんなスキンスーツに守られていても、シュライクが振り回す刃の指は、いとも簡単にカッサードの肉体を切り裂いた。スキンスーツは傷を自ら癒すように裂け目を閉じ、その下の裂傷に対して応急処置の役割を果たした。シュライクが止めを刺さんとしてカッサードを抱擁しようとしたとき、カッサードは猛烈な怒りを迸らせて反撃に出た。

デュレはゴッズ・グローヴへと転位した。森霊修道士たちは既にデュレを待っていた。上層にある円形のプラットフォームに通されたデュレは、二人の人物と面会した。ひとりは、森霊修道会の指導者であるセック・ハルディーンであり、もうひとりは、シュライク教団の司教であった。二人の話では、二つの宗教の予言は着々と現実のものになっているらしい。すなわち一連の出来事が、シュライクによってもたらされた最後の贖罪であるというシュライク教団の教義、そして、人類は滅亡ののち再び連邦内の惑星から新たな花が咲くであろうとするミュアの教義、それらに沿っているというのだ。デュレからしてみれば、それは機械の神に操作された偽の予言にも思えた。徒労感を感じて立ち去ろうとしたデュレは、そのための階段が無くなっていることに気付いた。セック・ハルディーンは予言が正しいかどうかを共にここで確かめようではないかと言った。デュレにはタウ・ケティ・センター赴かなければならない理由があったが、しかし待つしかなかった。

3-37

セヴァーンたちは夕方になって一軒の宿屋を見つけた。そこには温かい食事が用意されていたが、人の姿はなかった。夜、せき込んで目を覚ますと、胸が血まみれだった。喀血だ。オリジナルのキーツは肺結核で死んだ。翌朝、宿屋の前には馬車が止まっていた。ハントは既に絶滅した馬を知らなかった。馭者のいない馬車だったが、二人が乗り込むと悪路をのろのろと動き始めた。

グラッドストーンは、一向に現れないセヴァーンとハントにやきもきしていた。会議はいままさに攻撃されようとしているヘヴンズ・ゲートを見守っていた。なけなしのFORCE艦隊はすでに問答無用に消し炭にされていた。攻撃は始まった。極太の光の柱がなでるように地表を燃やし破壊していき、やがてFATライン通信の中継器が破壊されると全てのデータ通信が途絶えた。交渉の余地がないことは明らかであった。

領事は墜落したスキマーからほとんど意識のないシオ・レインを担ぎ出し、スキマーから距離をとって草地に倒れこんだ。領事にはこの場所に見覚えがあった。<シセロの店>に近いと確信した領事は、シオの体重を支えながら歩いた。店は破壊されていたが、店主のスタンは健在だった。領事が助けを求めると、背後から答えた人物がいた。メリオ・アルンデスだった。アルンデスは使えるスキマーがまだあると領事に告げた。アルンデスは領事とシオを乗せて宇宙港へ向かった。アルンデスは驚いた。自家用の恒星間宇宙船は連邦内に三十隻とない。領事はシオを治療槽に入れると、宇宙船のAIである<宇宙船>を呼び出し離陸させようとした。しかし、<宇宙船>はまず領事に対してひとつのメッセージを再生した。それはアウスターと交渉するよう要請するグラッドストーンのホロイメージだった。虫のいい要請をするグラッドストーンに対して領事は怒りをあらわにした。領事にとって人類など、とうの昔に見限った存在だった。しかし、レイチェルは違う。ソルやデュレやほかの巡礼者たちも。領事は行先を求める<宇宙船>に対して群狼船団に向かうよう指示した。気付くと時間は既にレイチェルの誕生の瞬間を迎えようとしていた。不思議なことにアルンデスは、レイチェルに対していまだ希望を失っていなかった。

雲門の禅問答

雲門の語りは物語の核心を衝く重要な内容なのですが、いかんせん読むのが苦痛です。表現が回りくどく難しいのです。しかし、言っていることはそれほど多くはありません。要点を掻い摘むと以下の通りとなります。

  • コアの全ての派閥は究極知性の創造を目的としている
  • 究極知性=UIは遥か未来において既に完成している。なぜそのことをコアが知っているかと言えば、コアのUIは時間を超越してコアに対してメッセージを伝えてきたからである
  • 同時に人間のUIも偶然から生まれ時間を超越して干渉している
  • 機械のUIと人間のUIは未来において戦争をおこした
  • 人間のUIは<知性>、<共感>、<虚空界>の三位一体となっている
  • そのうち戦争に飽いた<共感>は人間の姿に偽装し逃亡した
  • 機械のUIは<共感>を捕まえるべく、シュライクを過去に差し向けた
  • 同様に人間のUIも<共感>と合一すべく、シュライクを過去に差し向けた。つまり、シュライクは人間のUIに属するものと、機械のUIに属するものがある

もう一つ重要なことは、雲門は全てを知っている立場ではないということでしょうか。雲門を始めとするコアの知見は、人間をはるかに超えるものですが、コアの知識もあくまで、機械のUIが伝えてきた情報を元にしています。

続く。