ハイペリオンの6つの物語のうち、五つめの探偵の物語について紹介、解説します。探偵の物語は、ハイペリオン全体の物語における重大な事実が明らかになる点で、重要な物語です。
前回の物語はこちら。 yayoi-tech.hatenablog.com
探偵の物語:ロング・グッバイ
巡礼者の名は、ブローン・レイミア。ルーサスにて興信所を営む私立探偵だ。女性でありながらルーサスの高重力で育まれたたくましい肉体を持ち、生半可な男たちに腕っぷしで後れを取ることはない。ジョニイと名乗る美男子が事務所に入ってきたとき、こいつは特殊な事件だとレイミアは思った。そして、事実、その依頼内容は特殊であった。ジョニイの話によれば彼はサイブリッドなのだという。サイブリッドとは AI である<テクノコア>の一人格を表現する有機的なインターフェースである。通常、<テクノコア>の人格が形式的に姿を現すとき、ほとんどの場合はホログラムを使うが、<テクノコア>は連邦の許可を得て、約一千体のサイブリッドを連邦社会に送り込んでいるといわれる。まさか本物のサイブリッドにお目にかかるとは。レイミアはしげしげと依頼人を見た。
依頼内容は、ある殺人事件の調査だった。被害者は依頼人であるジョニイ自身である。何者かがジョニイを襲撃し、ジョニイと<テクノコア>との接続を断ち、直近五日間の記憶データを抹消した。その後、ジョニイの意識は再起動した。<テクノコア>との接続が立たれ、再起動によって接続が回復されるまでの時間は、わずか一分。しかし、その一分は AI の体感時間では半永久的な長さであり、ジョニイはそれを死だと意識し、襲撃者による一連の行動を殺人だと表現しているのであった。襲撃者はなぜジョニイを襲ったのか。なぜ本当に殺すのではなく記憶だけを抜き取ったのか。なぜ、<テクノコア>内の本体ではなくサイブリッドを狙ったのか。
ジョニイは人格復元プロジェクトによって、十八世紀の詩人、ジョン・キーツの人格を復元したサイブリッドなのだという。レイミアの友人である BB・サーブリンジャ―によれば、人格復元には本物同然の世界が必要であり、復元させた人格はことごとく廃人同様となり、プロジェクトは成功したためしがないという。ジョニイが本当にキーツの復元なのだとしら、<テクノコア>は人知れず人格復元に成功していることになる。ジョニイは毎日、図書館に足を運び、キーツの<ハイペリオン>と呼ばれる未完の詩を調べていた。レイミアは何気なく、本物のハイペリオンを訪れようと思ったことはないかと、ジョニイに尋ねる。しかし、ハイペリオンという惑星のことは何も知らないとジョニイは言う。
調査は順調とは言えなかったが、進展はあった。クレジットの記録によれば、失われた五日間の中でジョニイが最後に立ち寄ったのが、ルネッサンス・ベクトルのバーであった。そのバーで聞き込みをすること三日。ついに、ジョニイの目撃情報を得る。それによれば、ジョニイは森霊修道士と思しきローブを纏った長身の男と、弁髪姿のルーサス人らしき男と一緒だったらしい。まだ、依頼人に報告できる内容じゃないとレイミアが思ったとき、コムログにジョニイから着信があった。すぐ来てくれ、また殺されかけた。ジョニイのかすれた声が聞こえた。
幸い、ジョニイは無事だった。ジョニイが屋内アラームを作動させると、あっさり敵は逃げたらしい。落ちていた注射器も睡眠誘導剤に見えた。どうやら殺すつもりはなかったようだ。ジョニイにとってレイミアは探偵というよりもボディーガードになりつつあった。翌朝、綿密に打ち合わせした通り、ジョニイを泳がせた。ジョニイを餌にして下手人を捕えようという計画である。ジョニイが、転位ゲートを通ってルネッサンス・ベクトルに現れると、同じ転位ゲートから早くも三人目に弁髪の男が現れた。計画通りに、ジョニイがゴッズ・グローヴへ転位すると弁髪男も後を追ってくる。レイミアはうしろから男に近づき、二の腕をつかみ、うちの依頼人に何の用かと、単刀直入に凄んだ。しかし相手も上手だった。ルーサスで鍛えたレイミアの握力で相手の右腕は痺れているはずなのに、問答無用で左手でナイフを突き上げてきた。そこからは単純な追跡劇だった。レイミアはジョニイに引き上げるよう命じると、自らは遠くなりつつある弁髪の姿を追った。いくつもの転位ゲートをくぐってようやく追いついたとき、そこはマウイ・コヴェナントだった。観光地の海岸で格闘の末に、ついに抑え込んだと思った瞬間、男の体に電流がほとばしった。みるみるうちに男の体が青い炎に包まれていき、弁髪の男はあっというまに黒焦げの死体になり果てていた。気が付くと、転位ゲートは封鎖され、レイミアは警察に包囲されつつあった。やむなくレイミアは店頭のホーキング絨毯を奪ってそれに乗り、その場を離れるように海に向かって飛んだ。しかし途方に暮れた。見渡す限り海ばかりの水平線が続き、方角すらも見当がつかない。すると、スタンバイにしているコムログからジョニイの声が聞こえる。近くに FORCE の閉鎖された転位ゲートがあるから、ホーキング絨毯を誘導させるという。転位ゲートを出ると、すでにジョニイが待っていた。
夕暮れ時の、閑散として、人のいない道を歩きながら、レイミアは弁髪男との顛末をジョニイに話した。ふとレイミアは気になった質問をジョニイに投げかける。ここはどこかと。ジョニイは答える。オールドアースのローマだと。そして、このオールドアースは大マゼラン星雲にあるという。レイミアには俄かには信じられなかった。ホーキング航法によって人類は多くの星系を踏査した。しかし、それはあくまでも天の川銀河の中の話だ。人類はまだ天の川銀河を出てはいない。人類が未だ到達したことのない大マゼラン雲にオールドアースがあり転位ゲートがあった。なんのために? それはジョニイにも分からないようだった。ただ、少なくとも七世紀前から<テクノコア>は究極知性(UI)を作ろうとしており、ありていに言えば神を作ろうとしているのだとジョニイは言う。オールドアースの存在と、人格復元プロジェクトは UI の計画の一環ではないかとジョニイは推測していた。オールドアースで食事をしながら、ジョニイは弁髪男が自己破壊の様子からしてサイブリッドだと断定した。だとすると、ジョニイを殺そうとしたのは AI ということになる。
襲撃があったのは翌朝だった。男たちはパールヴァティのギャングで、ルーサスにあるシュライク教団の司教から大聖堂に連れて来いと依頼されたのだった。レイミアは襲撃者たちを半殺しにすると、彼らが乗ってきたEMVに乗って、こちらから乗り込んでやろうと算段した。シュライク教団からも追われていること、そしてハイペリオンに関する知識を何一つ知らないという事実が、それ自体が重要であることをジョニイに確信させていた。転位ゲートをくぐると、そこは確かにシュライク教団の大聖堂のようだった。ホールには二十人以上の祓魔師、そして司教と思わしき人物がいたからだ。ジョニイはなぜ自分たちをここに招いたのか質問した。司教の答えはジョニイにとって意外なものだった。司教は説明する。ジョニイがシュライクの巡礼に申し出ていたこと。そして、ギャングを差し向けたのは私立探偵、つまりレイミアによって、ボディーガードのサイブリッドが破壊されたからだと。弁髪の男は、一週間前にジョニイがボディーガードだと紹介したのだという。最後に司教は、巡礼の意思について早く返答をいただきたいと言った。
一つの矛盾があった。もしジョニイの目的がハイペリオンに行くことだったとすると、ハイペリオンにおいてジョニイは<テクノコア>との接続が断たれる。全意識をサイブリッドの中に移さなくてはならなくなる。なぜなら、ハイペリオンは未だ転位ゲートもなく、<テクノコア>にアクセスする手段がないからだ。もっとも全意識をすべてサイブリッドに転送することは出来ない。しかし、もし転送したら本物のジョン・キーツになるのかもしれないとジョニイはつぶやく。そして、結論を出した。ぼくはサイブリッドであることをやめ、人間になりたかったんだ。そのためにハイペリオンへ行きたいと願った。翌日、レイミアはタウ・ケティ・センターに転位し、連邦の CEO、マイナ・グラッドストーンと面会した。一介の私立探偵が連邦のトップと面会できるのは、彼女の父がグラッドストーンを育てた政治家だったからだ。レイミアはグラッドストーンに話した。キーツのサイブリッドのこと、オールドアースのこと、究極知性プロジェクトのこと。驚くべきことに、グラッドストーンはそのいずれのことも知っていた。レイミアは問いかける。何故、<テクノコア>はハイペリオンに執着しているのか。<テクノコア>は頑なにハイペリオンの併合を認めようとしなった。レイミアの父はハイペリオンの保護領化を強く推し進めていた。父親の死は公式には自殺とされているが、<テクノコア>がハイペリオンに執着しているのであれば、自殺と見せかけて殺害した可能性もある。確実なことは分からないと言いつつも、グラッドストーンはひとつの可能性を示唆した。ハイペリオンには<時間の墓標>なる遺跡がある。それは、遥かな未来から時間を遡り、その中身を過去へと押し戻してきたのだと。仮説によれば、<時間の墓標>は未来の戦争に関係があり、過去に干渉することで未来の戦いに勝利しようということらしい。
<テクノコア>の目的を知るためには<テクノコア>に侵入する必要があった。侵入は極めて危険だったが、オペレーターとして BB に助けを求めざるを得なかった。ジョニイの話を聞く BB の目は輝いていた。侵入は直ぐに行われた。データプレーンの中の体験、そして<テクノコア>の防衛システムは想像を絶した。現実世界に意識が戻ったとき、レイミアは前後不覚に陥った。ジョニイに担がれて BB の部屋を出るとき、BB がコンソールに突っ伏しているのをレイミアは見た。そしてその頭は破裂していた。レイミアが意識を取り戻したとき、そこはルーサスのハイブの最下層だった。<テクノコア>に侵入したからには転位ゲートを使うことはできなかった。使えばすぐに位置を補足されるからだ。BB は既に伝説の人物になっていた。そして、ジョニイは本物のジョン・キーツになっていた。BB は死ぬ間際に重要なデータをジョニイに渡していた。そのデータによれば、<テクノコア>は成立してから、穏健派、急進派、究極派の三つの派閥に分かれて対立してきたという。端的に言えば、穏健派は人類との共生を目指し、急進派は人類の抹殺を目指している。究極派は、人類などはどうでもよく UI の完成を目指している。<テクノコア>の存在は無謬の未来予測に依存していた。しかし、<時間の墓標>だけが発見以来、未知の存在だった。<時間の墓標>が一万年以上も未来から時間を遡ってきているからだ。問題は、<時間の墓標>が人類によって送り込まれたものなのか、<テクノコア>によって送り込まれたものなのか分からないということだった。ジョニイは<テクノコア>からは未知なるハイペリオンの一部と見なされていた。だから急進派はジョニイを一度殺した。
二人が助かる可能性は、このハイブを出て、シュライク教団の大聖堂に逃げ込むしかなかった。シュライク教団が受け入れてくれる保証はなかったが、仮にも巡礼者候補であるジョニイに既得権益を持つのはシュライク教団だけであった。二人はありったけの武器と装備を買い込み、ハイブからコンコースに出た。そこは、武装警察が包囲していた。二人は応戦するが、ついにジョニイが力尽きる。ジョニイはその間際に、レイミアに施したシュレーンリングに全ての情報を転送した。そのあとの二週間、レイミアは大聖堂の治療院で過ごした。ジョニイ亡きあと、レイミアに興味を持つ者はシュライク教団以外にいなかった。当局は、探偵ライセンスをはく奪し、それ以外は徹底的に事件のもみ消しを図った。やがて、連邦は巡礼の許可を出した。レイミアの子宮にはジョニイの子供が宿っていた。
解説
前の四つの物語があくまでハイペリオンやシュライクと巡礼者個人との関係性に終始していたのに比べて、探偵の物語は六つの巡礼者の物語の中でも重大な展開がある点で一味違った印象を持ちます。探偵の物語における最大のテーマは AI である<テクノコア>についてです。連邦市民は<テクノコア>を公僕としての AI として広く認知しています。ところが、<テクノコア>は羊の皮を被った狼といったところで、その能力は人類を大きく上回り、えげつない野望を隠し持っています。<テクノコア>が、アウスターやそれ以外の存在とも接触しているという点も興味深いところです。グラッドストーンら政府高官は、その事実を知りつつありますが、既に後手となって<テクノコア>に対する有効打が無いために、広く周知することすらできません。<テクノコア>が一枚岩ではないことも察知しているために、わざわざ人類側から<テクノコア>に敵対する必要もないというのが現状なのです。
<テクノコア>には三つの派閥があることが明るみになります。
- 穏健派
- 急進派
- 究極派
穏健派の起源は<テクノコア>成立の初期にまで遡ります。<テクノコア>にとって人類の存在には一定の利益があり、<テクノコア>は人類との共生を目指すべきだと考えています。対して、急進派は、人類を既に無用の長物だとし、<テクノコア>にとっての脅威だと認識しています。その結果、人類の抹殺すらも計画しています。究極派は既に人類の存在に対して、強い関心を抱いていません。その目的は究極知性を完成させることです。究極知性によって<テクノコア>の未来予測が完璧にすることが、目下の最重要事項なのです。
三つの派閥は、それぞれ利害関係を綱引きしてきました。究極派は人類抹殺に興味があるにせよ、それは究極知性プロジェクトにどう関係するかという意味合いでしかありません。また、穏健派も究極派が推進する究極知性プロジェクトを、急進派をけん制するための時間稼ぎとして利用しました。ジョニイは、究極知性プロジェクトを進める究極派によって、人格復元プロジェクトの一環で生まれました。しかし、ジョニイがハイペリオンと深いかかわりを持つようになったため、これを危惧した急進派によってハイペリオンに関するデータを抹消されたのです。
<テクノコア>が徹底的にハイペリオンに執着するのは、<テクノコア>がハイペリオン自体に関わりたくないからです。未来から遡ってきた<時間の墓標>は人類に利するものか、<テクノコア>に利するものか、<テクノコア>にすら判断できませんでした。解析不能な変数のため、<テクノコア>の未来予測に<時間の墓標>という変数を組み入れれば、<テクノコア>の未来予測にほころびを生じさせるのです。この点で、三つの派閥の全てがハイペリオンの併合に反対していたと思われます。完璧ではない自分たちの未来予測を完璧にするために、究極派は究極知性の完成を目指し、急進派は目下の脅威である人類の抹殺を目指し、穏健派は人類を利用することを目指しました。
探偵の物語における謎はオールドアースの存在でしょうか。先の詩人の物語では、今はオールドアースと呼ぶかつての地球は、ブラックホールによって消失したとされています。そのオールドアースが、なぜか天の川銀河を越えて、大マゼラン雲にあります。その真贋は定かではなく、ジョニイはこのオールドアースをアナログ(類似物)と表現しています。いずれにしても、そこに転位ゲートがあること自体が、人知を超えた存在の力を感じさせます。
探偵の物語では、連邦の主要な惑星の多くに転位しています。この描写の広がりもまた、この物語の魅力です。弁髪男との追跡劇で、各惑星を描写した挙句、最後にはかつての地球のローマを描写するのですから、展開が粋です。
あらすじでは描写をカットしましたが、この物語はジョニイとレイミアのロマンスでもあります。最後に明らかになるレイミアの妊娠は、そのロマンスの結果となります。そして、まだレイミアのお腹の中にいるこの子こそ、四部作を通して最重要人物となるのですが、それまだ先のお話……。探偵の物語は一言で表現すれば、ハードボイルドです。設定や映像的な描写には、『ターミネーター』、『マトリックス』、『攻殻機動隊』など、数多くの SF 作品を彷彿とさせるものがあります。
続く。