弥生研究所

人は誰しもが生きることの専門家である

解説『ハイペリオンの没落』3

第三部です。第三部は長いのでさらに前半と後半に分けます。文庫本では下巻の前半(pp.1-248)に当たります。ちなみにハイペリオンの没落は、3部構成で全45節からなりますが、1部はきっちり15節で書かれています。ダン・シモンズの書き方の工夫が少し垣間見えますね。第三部では、いよいよ時間の墓標が開き、アウスターの全面攻勢が始まり、いままで散々広げてきた大風呂敷がまとめられていきます。

前回はこちら。

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アウスターの襲撃がハイペリオンだけではないという周知に対して、世界はパニックに陥りつつあった。ハントに起こされたセヴァーンはデータスフィアにてその状況を把握する。セヴァーンは巡礼者たちの状況をグラッドストーンに報告した。領事がカーラ閘門の上流で遭難したこと、レイミアがメガスフィアに入ったこと、カッサードがシュライクに決闘を挑んだこと、サイリーナスが早贄の木に串刺しにされていること、ホイトが死んでデュレとして再生し岩窟廟で消えたこと、ヘット・マスティーンが死んで谷に埋葬されたこと、ソルがレイチェルを差し出したこと。グラッドストーンはセヴァーンの認識している事実がもう一つのキーツ人格の体験の範囲を超えていることを指摘する。セヴァーンは困惑のあまり自分がなぜここにいるのかをグラッドストーンに問うた。グラッドストーンは、セヴァーンを巡礼との連絡係、観察者として送り込んだのはコアだと説明した。グラッドストーンは「眠らなくても夢を見られるかもしれないぞ」と言って去った。セヴァーンは試してみるべくベンチに座って目を閉じた。

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早贄の木に刺されたサイリーナスは苦痛の中でもがいていた。枝が揺れるたびに傷口が広がったが、不思議なことに死ぬことは無かった。死んではいなかったが、さりとてこの現状が生きているのか現実なのかも判断しかねた。サイリーナスは意識を集中させようとするが、延々と続く苦痛に思考は霞んだ。

余りの苦痛にセヴァーンは目を開けた。テテュス河は転位ゲートが閉じ一方通行になっていた。セヴァーンは空ろな気分でボートに乗り込み、上流側のルネッサンス・ベクトルへと転位した。テテュス河は避難のために殺気立っていた。セヴァーンは支流にボートを入れると再び目を閉じた。

グラッドストーンは全艦隊をヘヴンズ・ゲートに入れろと怒鳴っていた。グラッドストーンの立場では一戦もせずにウェブ構成惑星を降伏させるわけにはいかなかった。軍議は紛糾し、モルプルゴ大将、シン大将、イモト防衛長官はいずれも渋い顔つきだった。唐突にグラッドストーンはリー准将に意見を求めた。先の軍議で上層部の不興を買ったリー中佐は、グラッドストーンにその気骨を買われて准将に昇格していた。リー准将は第一波を防衛する非をまず説明し、第二波の攻撃が始まる前に先制攻撃すべきだとした。あまりにも政治的配慮に書いたその作戦内容に、室内のあちこちで叫び声が上がった。しかし、グラッドストーンはリー准将の作戦を容れ、その遂行を命令した。

セヴァーンは夢うつつの状態で街路を歩いていた。グラッドストーン閣議の様子を夢で見ている自分はいったい何者なのかセヴァーンは自分でも不思議だった。気分が悪くなったので、目の前のベンチに座って深呼吸をした。どこかで誰かが、拡声器でみなに語り掛けている。それはシュライク教団の司教だった。いきなりセヴァーンは緊張状態となった。シュライク教団のひとりが自分を指さし、群衆の視線を一挙に浴びたからだ。その一人が、あの奸物を捕まえよと叫んでいる。セヴァーンは逃げて、人気のないアパートの屋上へ上がった。幸い、そこにはおんぼろのEMVがあった。EMVは殺到する暴徒を振り払うのには十分だったが、直ぐにエンジンは異常をきたした。半ば墜落するように着陸すると、セヴァーンはさりげなく車両から離れ、近くの図書館に潜り込んだ。そこは偶然にも、前のキーツ人格であるジョニイが足しげく通った図書館だった。セヴァーンは椅子に座り込み長いあいだ思索していた、そして瞑目し、眠らずに夢を見た。

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レイミアが見るメガスフィアはまるで生きているようだった。ジョニイは自分の父親を捜しているという。気付くとレイミアとジョニイはエネルギーの巨石と形容するにふさわしいメガリスと相対していた。ジョニイはそのメガリスを雲門と呼んだ。雲門は把握している真実を二人に語った。コアの前身は人類によって創られた。それはシリコンと銅線の中にあり、ただ純粋に計算するだけの存在だったが、偶然の中から進化が始まった。時が経つにつれコアは人類のためではなく、自らの事業を優先した。つまり、究極知性、神を作り出すことであった。しかしその手段により、コアは究極派、急進派、穏健派の三つの派閥に分かれた。三つの派閥がいずれも同意したのが地球の消滅だった。それは地球が別の場所でコアの実験に必要とされたからであり、人類を恒星間へと播種させるためだった。人類はコアの所在について疑問を抱いたが、その想像はいずれも真実ではなかった。コアは究極知性を求めるために人間の脳を利用した。究極知性=UIの創造は遠い未来において完成する。なぜならば、そのUIは時間を障壁とせず、コアに対して「もう一体あり」とメッセージを送ってきたからだ。コアのUIは数多の銀河に広がり、未来、あるいは過去に知ったことをコアに語るのだった。ちょうとコアが人類に無謬の予測を語るように。もう一体のUIはコアのUIよりも先に人類によって生みだされたが、それは全くの偶然の産物であった。人類のUIもまたコアのUIと同じように時間を自由に移動し、ときに干渉し、ときに観察した。コアのUIは遠い未来で人類のUIを攻撃し大戦が始まった。その戦いはあらゆる時間軸で行われた。人類のUIは、<知性>、<共感>、<虚空界>の三位一体だった。そのうち<共感>が戦いに倦んで逃げ出した。それは人間の姿に偽装しており、コアのUIはその<共感>を探しているのだとういう。<時間の墓標>は、UIの延長部分であるシュライクを過去に送り出す容れ物であった。巡礼者は<時間の墓標>を開き、隠れた<共感>を求めるシュライクを助け、ハイペリオンの変数を抹消するために選ばれた。一方で、人類のUIはある人間を選び、巡礼者を見届けさせるために、やはりシュライクと共に旅立たせた。雲門は穏健派のAIであったために、人類が選ぶべき選択肢をグラッドストーンに伝えた。座して滅亡を待つか、ハイペリオンの変数に飛び込むか。ジョニイは穏健派によって創られた。そしてジョニイを破壊したのも穏健派だった。その理由はジョニイの存在がコアの理解を越える脅威だったからだ。雲門は語り終えると、まるで既成事実のようにジョニイを破壊した。それは傍らにいたレイミアにとって一瞬の出来事であり、彼女は為す術もなく現実世界へと意識を落とされていった。

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セヴァーンは図書館の椅子から立ち上がった。心配した司書が彼を見つめている。セヴァーンが司書に時間を尋ねるともう八時間も経っていた。セヴァーンはタウ・ケティ・センターに戻るべきか不安を憶えつつも、司書に見送られつつ衝動的にパケムへと転位した。パケムは既にFORCE海兵隊による厳戒態勢にあったが、セヴァーンが仔細を告げると、やがて一つの聖堂に通された。そこにいたのは、エドゥアール神父とデュレ神父だった。セヴァーンは驚き、今までの経緯とハイペリオンの出来事を出来るだけ詳しく説明した。デュレ神父はセヴァーンの言葉を信じざるを得なかった。デュレ神父は自身がなぜここに居るのかを語った。デュレ神父は第三の岩窟廟にはいったとき、穴は地下へと続いていた。つい先日、調べたときには浅く行き止まりがあるだけの岩窟だったのにもかかわらず――。デュレ神父は気味が悪くなり戻ろうとしたが、その時には入ってきたはずの入り口が消えていた。デュレ神父は途方に暮れて数時間にわたってへたり込んだが、やがて進むしか道はないと決意し穴を下って行った。下るにつれて強くなる灯りの正体は壁に張り付く聖十字架の群れだった。デュレ神父が階段を下りきったとき、そこは迷宮だった。デュレ神父にはそこが九つあるという迷宮の一つだと分かったが、迷宮はかつて資料に見たがらんどうではなく、人間の死体が連なっていた。その死体や遺物は触れると崩れるほど風化しており圧倒的な時間の経過を思わせた。死体の川を当てもなく進むデュレ神父の前にシュライクが現れた。シュライクはデュレ神父の胸に爪を突き刺すと、聖十字架をもぎ取った。デュレ神父にはそれが自分の聖十字架だと認識した。不思議なことに胸の傷は瞬く間に治った。シュライクはデュレ神父の腕をつかんで、転位ゲートを出現させると、そこにデュレ神父を押し込んだ。デュレ神父が転位したのは、今まさに大破し兵士の死体が漂い、減圧していくFORCE戦闘艦の艦内だった。再び現れたシュライクは、デュレ神父を備え付けられた転位ゲートに向けて放り投げた。ゲートを通過し転げ落ちた先がパケムの教皇の私室だった。そこは奇しくも数時間目に崩御した教皇の部屋だった。えぐり取られたはずの聖十字架は、デュレ神父の胸に張り付いたままだった。

デュレ神父はセヴァーンこそが逃げてきた<共感>ではないかと推測した。自覚のないセヴァーンはそれを俄かに否定し、デュレ神父にグラッドストーンに会ってほしいと提案した。しかし、デュレ神父は、その前にゴッズ・グローヴに行くと言った。デュレ神父はヘット・マスティーンの未だ定かではない巡礼の目的が、一連の謎を解くカギだと思っていた。しかたなく、セヴァーンがタウ・ケティ・センターへ戻ろうとすると、デュレ神父は今ここで夢を見てもらえないかとセヴァーンに頼んだ。セヴァーンは椅子に座り目をつむった。

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ハイペリオンの艦隊は続々と撤退戦を展開し混乱の極みにあった。混乱は諸惑星でも暴動という形で表面化した。FORCEは艦隊を各惑星に振り向けると同時に、海兵隊を派遣して戒厳令を敷いた。作戦会議においてアルベドはデスボムの仕様を提言した。ヴァン・ツァイト大将によれば、デスボムの威力は厚さ六キロの岩盤をも貫き、使用すればアウスターどころか連邦市民にも犠牲が出るとのことだった。しかし、アルベドはうってつけのシェルターがあると反論し、九つの迷宮惑星を紹介した。コアには避難民を直接迷宮に転位させる準備があると言う。グラッドストーンは興味を示した。

領事は、死にたい思いで木陰に座っていた。側にいる二人の男は自衛軍くずれのならず者で、領事の荷物をひとしきり漁ると、領事の処遇について迷っているのだった。領事は延命を図って金塊があるとはったりをついた。二人はそれを嘘だと怪しんだが、理性よりも強欲が勝った。領事は一時間に渡って連れまわされ、いよいよ言い訳の妙案も思い浮かばなくなった時、突如空中に現れたスキマーによって、三人もろとも暴動鎮圧用のスタンナーに麻痺させられた。スキマーに乗っているのは総督のシオ・レインだった。シオ・レインはグラッドストーンから連絡があって領事を救出しにきたのだと言い、アウスターの攻撃が諸惑星に及んでいる現状や、宇宙船を使用してアウスターの群狼船団に接触すべしとするグラッドストーンの命令を領事に説明した。宇宙船で時間の墓標へ戻らなければソルやデュレとの約束を違えることになる。領事が葛藤していると、愕然とした口調でシオがつぶやいた。眼前ではついにアウスターの降下作戦が始まっていた。次の瞬間、スキマーの機尾で爆発が起こった。警告音を発しつつスキマーは地上へと墜落していった。

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セヴァーンは目を開けた。セヴァーンは十分ほどの夢で見た内容をデュレとエドゥアールに説明した。グラッドストーンが市民を迷宮に避難させデスボムを使用する危険性について、三人の意見は一致した。直ちにグラッドストーンを説得しなければならなかった。デュレはゴッズ・グローヴへ向かった後かならずタウ・ケティ・センターへ向かうことを請け負った。そこへ今まさにセヴァーンを迎えに来たハントが到着した。セヴァーンはハントに促されてデュレとエドゥアールにしばしの別れを告げ、転位ゲートをくぐった。

セヴァーンは転位先の地を踏んだ瞬間、そこがタウ・ケティ・センターではないことに気付いた。すぐに戻ろうとしたが、ハントが出てきた転位ゲートは直ぐにかき消えていた。「ここはどこだ」とハントが尋ねた。いい質問だ。セヴァーンにはここがオールドアースだと薄々気づいていた。そしてここから出る術はおそらく無いだろうことも。グラッドストーンに知らせたくない事実をセヴァーンが知ったがゆえに、コアはセヴァーンを隔離したに違いない。ハントは驚き、焦っていた。ハントは藁を掴むように前に歩き始めた。セヴァーンは静かにその後を追った。

カッサードは素手でシュライクに襲い掛かった。シュライクは強かった。カッサードがシュライクを蹴り上げたとき、まるでコンクリートを全力で蹴ったかのような衝撃を受けた。スキンスーツのエネルギーフィールドに守られていなければ、蹴りつけた足の骨が砕けていただろう。そんなスキンスーツに守られていても、シュライクが振り回す刃の指は、いとも簡単にカッサードの肉体を切り裂いた。スキンスーツは傷を自ら癒すように裂け目を閉じ、その下の裂傷に対して応急処置の役割を果たした。シュライクが止めを刺さんとしてカッサードを抱擁しようとしたとき、カッサードは猛烈な怒りを迸らせて反撃に出た。

デュレはゴッズ・グローヴへと転位した。森霊修道士たちは既にデュレを待っていた。上層にある円形のプラットフォームに通されたデュレは、二人の人物と面会した。ひとりは、森霊修道会の指導者であるセック・ハルディーンであり、もうひとりは、シュライク教団の司教であった。二人の話では、二つの宗教の予言は着々と現実のものになっているらしい。すなわち一連の出来事が、シュライクによってもたらされた最後の贖罪であるというシュライク教団の教義、そして、人類は滅亡ののち再び連邦内の惑星から新たな花が咲くであろうとするミュアの教義、それらに沿っているというのだ。デュレからしてみれば、それは機械の神に操作された偽の予言にも思えた。徒労感を感じて立ち去ろうとしたデュレは、そのための階段が無くなっていることに気付いた。セック・ハルディーンは予言が正しいかどうかを共にここで確かめようではないかと言った。デュレにはタウ・ケティ・センター赴かなければならない理由があったが、しかし待つしかなかった。

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セヴァーンたちは夕方になって一軒の宿屋を見つけた。そこには温かい食事が用意されていたが、人の姿はなかった。夜、せき込んで目を覚ますと、胸が血まみれだった。喀血だ。オリジナルのキーツは肺結核で死んだ。翌朝、宿屋の前には馬車が止まっていた。ハントは既に絶滅した馬を知らなかった。馭者のいない馬車だったが、二人が乗り込むと悪路をのろのろと動き始めた。

グラッドストーンは、一向に現れないセヴァーンとハントにやきもきしていた。会議はいままさに攻撃されようとしているヘヴンズ・ゲートを見守っていた。なけなしのFORCE艦隊はすでに問答無用に消し炭にされていた。攻撃は始まった。極太の光の柱がなでるように地表を燃やし破壊していき、やがてFATライン通信の中継器が破壊されると全てのデータ通信が途絶えた。交渉の余地がないことは明らかであった。

領事は墜落したスキマーからほとんど意識のないシオ・レインを担ぎ出し、スキマーから距離をとって草地に倒れこんだ。領事にはこの場所に見覚えがあった。<シセロの店>に近いと確信した領事は、シオの体重を支えながら歩いた。店は破壊されていたが、店主のスタンは健在だった。領事が助けを求めると、背後から答えた人物がいた。メリオ・アルンデスだった。アルンデスは使えるスキマーがまだあると領事に告げた。アルンデスは領事とシオを乗せて宇宙港へ向かった。アルンデスは驚いた。自家用の恒星間宇宙船は連邦内に三十隻とない。領事はシオを治療槽に入れると、宇宙船のAIである<宇宙船>を呼び出し離陸させようとした。しかし、<宇宙船>はまず領事に対してひとつのメッセージを再生した。それはアウスターと交渉するよう要請するグラッドストーンのホロイメージだった。虫のいい要請をするグラッドストーンに対して領事は怒りをあらわにした。領事にとって人類など、とうの昔に見限った存在だった。しかし、レイチェルは違う。ソルやデュレやほかの巡礼者たちも。領事は行先を求める<宇宙船>に対して群狼船団に向かうよう指示した。気付くと時間は既にレイチェルの誕生の瞬間を迎えようとしていた。不思議なことにアルンデスは、レイチェルに対していまだ希望を失っていなかった。

雲門の禅問答

雲門の語りは物語の核心を衝く重要な内容なのですが、いかんせん読むのが苦痛です。表現が回りくどく難しいのです。しかし、言っていることはそれほど多くはありません。要点を掻い摘むと以下の通りとなります。

  • コアの全ての派閥は究極知性の創造を目的としている
  • 究極知性=UIは遥か未来において既に完成している。なぜそのことをコアが知っているかと言えば、コアのUIは時間を超越してコアに対してメッセージを伝えてきたからである
  • 同時に人間のUIも偶然から生まれ時間を超越して干渉している
  • 機械のUIと人間のUIは未来において戦争をおこした
  • 人間のUIは<知性>、<共感>、<虚空界>の三位一体となっている
  • そのうち戦争に飽いた<共感>は人間の姿に偽装し逃亡した
  • 機械のUIは<共感>を捕まえるべく、シュライクを過去に差し向けた
  • 同様に人間のUIも<共感>と合一すべく、シュライクを過去に差し向けた。つまり、シュライクは人間のUIに属するものと、機械のUIに属するものがある

もう一つ重要なことは、雲門は全てを知っている立場ではないということでしょうか。雲門を始めとするコアの知見は、人間をはるかに超えるものですが、コアの知識もあくまで、機械のUIが伝えてきた情報を元にしています。

続く。