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ルパン三世 THE FIRST~ブレイク・スナイダー流に解析する物語の構造

物語の管理を主力とする業界では、この本は当たり前の本でもあるらしいです。門外漢の私にとっては、そういった当たり前の本と出会うことも難しかったりするのですが、それゆえにいざ出会って読んでみると、この手の本は目から鱗が落ちるような経験をすることが多いです。

ところで、11月27日、『ルパン三世 THE FIRST』が地上波で初放送となっていました。

lupin-3rd-movie.com

せっかくなので、『ルパン三世 THE FIRST』を『SAVE THE CAT』流に分析したいと思います。

本当のジャンルとは

『SAVE THE CAT』が面白いのは、物語のジャンルに新しい軸を作ったことです。ブレイク・スナイダーはこれだけとは限らないと釘を刺したうえで、以下のジャンルを提唱しています。

  1. 家の中のモンスター
  2. 金の羊毛
  3. 魔法のランプ
  4. 難題に直面した平凡な奴
  5. 人生の節目
  6. バディとの友情
  7. なぜやったのか?
  8. バカの勝利
  9. 組織のなかで
  10. スーパーヒーロー

一般的に、物語のジャンルと言えば、アクション、ホラー、コメディ、SFなど、そういった類のジャンルを思い浮かべると思います。ブレイク・スナイダーが提唱するジャンルは一見、何なのか良く分かりません。しかし、この新しいジャンルで物語を見てみると、思いもよらない二つの作品が、実は同じジャンルということがあります。例えば、『スター・ウォーズ』と『オーシャンズ11』が同じジャンルとは俄かには信じられないことでしょう(ちなみに、両者はどちらも金の羊毛というジャンルです)。

では、今作『THE FIRST』のジャンルは何でしょうか。私はバディとの友情だと考えます。ひとつひとつのジャンルの説明は『SAVE THE CAT』を実際に読んでもらうこととして、バディの友情とは、反発しつつも信頼関係を築いていく過程を物語にしたものです。ルパン三世シリーズはおおむね、バディとの友情を主軸に置きつつ、異なるジャンルを隠し味として加える手法を取っています。ルパン三世が、作品によって印象を異にするのは、隠し味として加えられているサブジャンルが異なるからです。例えば、『ワルサーP38』では、家の中のモンスター、組織のなかで、といったサブジャンルが加えられています。家の中のモンスターというジャンルは、ジョーズやエイリアンに共通するもので、極限の緊張感を特徴とします。『カリオストロの城』は、金の羊毛というサブジャンルが加えられています。カリオストロの財宝を狙ったルパンが得たものは、最終的に財宝ではなく、過去との決別、主人公たちの精神的な成長だけでした。今作のサブジャンルをあえて考えるとすれば、人生の節目でしょうか。リティシアがランベールという養育者から自立していく物語と、今作を捉えることもできます。

主人公は誰か

結論から言えば、今作の主人公は、リティシアです。実はルパン三世シリーズの主人公は、ほとんどの場合ルパンではありません。何故かというと、ルパン三世シリーズは認知度を高めコンテンツとして成熟するにつれて、主人公であるルパンが主人公の役割を全うしにくくなったからです。これは、長く続くシリーズ物の宿命でもあります。この問題の解決策として、ルパン三世シリーズはルパンではなく、ゲストキャラクターに主人公の役割を負わせるようになりました。

では、物語における主人公の役割とは何でしょうか。それは、視聴者に共感してもらうことです。そして、共感してもらうためには、主人公は決定的な問題を抱え、その問題を解決することによって、変化していくことが求められます。問題を抱えず、変化しない登場人物は主人公の役割を全うできません。

今作のルパンは何も問題を抱えず、何も葛藤せず、何も変化しません。これは次元、五右衛門、不二子、銭形をとっても当てはまります。変化すべき対象として捉えられるのは、常にリティシアだけです。葛藤を持つ者だけが主人公となります。

ビートシートに当てはめる

『SAVE THE CAT』ではブレイク・スナイダー・ビート・シートという物語のテンプレートを紹介しています。このテンプレートは、英雄の旅と呼ばれる神話に通じるものでもありますが、その詳細は『SAVE THE CAT』を読んでください。ここでは、『THE FIRST』を実際にビートシートに当てはめることで、物語の展開を分析します。

  • オープニング・イメージ
    • アバンタイトルまで。ブレッソン教授が、娘夫婦に日記を託して自宅から逃亡させる。ブレッソンはその直後に突入したナチス兵たちの凶弾に倒れる。逃亡を図った夫婦もナチスの追跡を受け、カーチェイスのすえ事故死する。生き残ったのはまだ赤ん坊である夫婦の娘・リティシアだけ。追跡者であるランベールも負傷し、リティシアが抱いていた鍵のみを奪って現場から逃亡する。
    • この時点で、登場人物の名前までは明かされないが、主要な人物であるリティシアとランベールは登場している。この事件を発端にしてリティシアには強力な運命の拘束が待ち受けているであろうことを視聴者に予感させる。
  • テーマの提示
    • リティシアは日記を盗む過程で、同じく日記を盗もうとしたルパンと鉢合わせする。「泥棒は嫌々やるもんじゃねぇぜ」ルパンはリティシアを見た直後から、リティシアが本心から日記を盗もうとしていないことを見抜く。このセリフは、序盤だけでなく物語の節目で幾度となく形を変えて表現される。
  • セットアップ
    • 最終的に日記を奪い去ったのはランベールに雇われた不二子であった。盗みが不調に終わったルパンは銭形に捕縛されるが、次元と五右衛門の助けによって解放される。冒頭の日記の争奪戦によって、ルパンシリーズの主要となる登場人物はすべて出そろう。一方、ゲストとなる登場人物も同様に出そろう。ランベールの背後にいるゲラルトと呼ばれる男の存在が明らかになる。
  • きっかけ
    • リティシアとルパンの出会いが、リティシアへのきっかけとなっている。しかし、リティシアは簡単には変化しない。簡単に変化するような変化には意味がないからだ。リティシアはルパンに協力するふりをしてランベールに通じ、ルパンを利用しようとする。
  • 悩みのとき
    • リティシアには、考古学に対する非凡な情熱と才能ゆえに、ボストン大学への進学という夢があった。リティシアは、進学にはランベールの賛同と援助が不可欠と考えており、そのリティシアの思いを逆手に取るランベールは、リティシアの才能を私欲のために利用していた。リティシアもまた、ランベールのために本心ではないことをすることに葛藤があった。世界の何が変化すべきなのか、視聴者は理解する。
  • 第1ターニング・ポイント
    • 日記には、エクリプスと呼ばれるエネルギー発生装置に関する情報が記載されていた。ルパンの助けによって日記を得たリティシアはルパンに銃口を向ける。ルパンはランベールたちに拘束される。しかし、リティシアは、ゲラルトがナチスの復活を目指すアーネンエルベの一員であること、そしてエクリプスをそのために利用しようとしていることを知ると、激しく葛藤する。ゲラルトは真実を知ったリティシアを殺すべく迫るが、間一髪リティシアを救ったのがルパンであった。
    • リティシアはこの第1ターニング・ポイントをもって、ルパンを利用する立場から、ルパンに協力する立場となる。同時に、ランベールの束縛と庇護を受ける立場から、自立した立場となる。この変化は不可逆である。リティシアは、自らが背負っていた運命の拘束を、自らの力で解く第一歩を踏み出した。
    • リティシアが機内からパラシュート無しで追放されるシーンは、閉鎖的な環境から開放的な新世界への変化を象徴している。また、パラシュート無しで飛び込んだ(飛び込まざるを得なかった)リティシアを救ったのがルパンであったことは、リティシアがまだ導き手を必要としていることを示唆している。
  • サブプロット
    • ルパンシリーズにおけるサブプロットは、ルパンシリーズを象徴する掛け合いと取ることができる。ブレイク・スナイダーによれば、サブプロットはロマンスの形を取ることが多いとされ、ルパンシリーズもまた例外ではない。本作のヒロインであるリティシアがルパンにささやかな好意を寄せていることは明らかである。『カリオストロの城』におけるクラリス然り、ヒロインとルパンの関係性はルパンシリーズの定番である。ヒロインとの関係性はルパンだけに止まらない。『燃えよ斬鉄剣』では五右衛門と桔梗がその役を果たした。さらに『炎の記憶〜TOKYO CRISIS〜』でヒロインの相手役となったのは、なんと銭形であった。
  • お楽しみ
    • 日記を読み解いたルパン一行は、敵を出し抜いてエクリプスが眠るとされる遺跡を攻略する。遺跡内には様々な罠があり、ランベールたちが立ち往生する中、ルパンたちはメンバーそれぞれの活躍によって試練を乗り越えていく。
  • ミッドポイント
    • ルパンたちは、試練を乗り越えた先にエクリプスを発見する。しかし、まさに成功直前というところで、ランベールたちに不意を突かれ、リティシアは捕まり、エクリプスは奪われる。物語の主導権が、ルパンたちからランベールたちへ移る。
  • 迫りくる悪い奴ら
    • エクリプスを起動させたランベールはブラックホールを生み出して、あたり一帯を消滅させる。その尋常ならざる力を得たランベールは半ば狂人となって、ゲラルトの意向すら無視して、自らが世界の王になると言う。ランベールの中の権勢欲と劣等感が、最大に発露するシーンである。
  • 全てを失って
    • リティシアが失ったものはランベールである。エクリプスを止めようとするリティシアに銃を向けるゲラルト。まさにゲラルトが発砲する瞬間、リティシアの代わりに銃弾を受けたのがランベールであった。死に際のランベールの回想には、リティシアを養育した動機は私欲であったとしても、そこには愛が全く無かったわけではないことを表現している。また、リティシアにとっても、ランベールがどんなに非道な人間だったとしても、育ての親であることに変わりがなかった。リティシアは唯一の家族を失う。
  • 心の暗闇
    • ランベールを失い、ルパンたちを失ったリティシアは、ゲラルトにとらわれて、ヒトラーと対面する。失意のリティシアは抵抗空しく監禁され、ヒトラーはエクリプスを使うべくゲラルト共に立ち去る。
  • 第2ターニング・ポイント
    • エクリプスに案内されたヒトラーは車椅子に乗っていたにもかかわらず、おもむろに立ち上がる。驚き不審がるゲラルト。一方で、監禁されるはずのリティシアを監視していたのは、アーネンエルベに変装した次元であった。そしてヒトラーの仮面を脱ぎ去るルパン。絶体絶命、為す術無しの状態から、一気に形勢を逆転させるこのシーンこそ第2ターニング・ポイントにあたるものである。
  • フィナーレ
    • ルパンはエクリプスそのものを消し去るためにブラックホールを発生させる。それを止めようとするゲラルトであるが、手遅れであることを悟ったゲラルトは、ルパンを道ずれにしようとする。ブラックホールが辺りを食らいつくしていく緊張感の中、ルパンとゲラルトは最後の戦いを行い、そしてルパンは勝利する。
  • ファイナル・イメージ
    • 全てが結着しようとする中、ルパンたちを逮捕しようと銭形が動き出す。ルパンは銭形から逃げる最中、一通の封筒をリティシアに渡す。それは、ボストン大学からの招待状であった。もはやリティシアには自らの才能を発揮するにあたって、何の束縛も障害もなかった。

結局面白かったのか

今作『THE FIRST』をビートシートに当てはめてみると、綺麗に当てはめることができます。『THE FIRST』がきっちり映画として成立しているのは、結果的にビートシートに忠実だからでしょう。ただし、面白かったかでいうと、可もなく不可もなくというのが率直なところです。この原因は何でしょうか。

ひとつ目は、リティシアの主人公として求心力の弱さです。上述の通り、リティシアは解決すべき問題を抱えた主人公です。しかし、その葛藤が若干力不足です。リティシアの葛藤は、言ってみれば毒親からの独立です。共感を得やすくはありますが、ルパン三世の物語に組み込むにはいささか平凡に過ぎます。それが、ナチスの復活といった悪と対比されると、主人公の葛藤にしては陳腐という印象になります。

ふたつ目は、悪役が力不足です。ランベールは最終的に世界の王になるとのたまい、狂人じみた悪役を演じますが、それでいながらリティシアへの良心を捨てきれず、悪役に徹し切れていません。ちなみにランベールが葛藤を持っているという意味では、リティシアと役割が被ります。悪役が葛藤を持っていては悪役になりきれません。結局、ランベールは良いヤツでも悪いヤツでもなく、ただの小物として退場することになります。さらに、ランベールを小物せしめているゲラルトも、結局はヒトラーの手下にすぎず、その行動原理は官僚的でカリスマ性は皆無です。視聴者からの同情や共感を一切受け付けない圧倒的な悪の権化が不在なのです。

物語は綺麗にビートシートにハマりながらも、脚本の洗練が足りないために、形式的になっています。もうすこし登場人物(特に悪役)の掘り下げがされていれば、もっといい作品になったのではないかと思いました。

『SAVE THE CAT』を読むことによって、私の映画の見方も少し変わりました。何が面白いのか、何が面白くないのかということに対して、もう一歩踏み込んで分析できるようになりました。『SAVE THE CAT』は物語を商品とする人でなくとも、映画好きの人にはお勧めできる本です。『ルパン三世 THE FIRST』は分析してみるにはちょうどいい作りの映画でもありました。

ルパン三世と言えば、私の心によく残っているのは以下の作品です。

この頃は、録画と言えばまだVHSの時代でして、映像が劣化するくらい何度も見返した記憶があります。いずれ、これらの作品も分析してみたいですね。