NHKにて、『アンという名の少女』が、9/13~11/1という期間で放送されていました(最終回は明日11/1です)。
この作品は、カナダ放送協会とNetflixによる共同制作で、著名な『赤毛のアン』を現代的に再構築した映像作品です。
『赤毛のアン』はカナダ文学の草分けと評価されるルーシー・M・モンゴメリの作品で、その発表はおよそ一世紀前となる1908年です。日本では、1952年の村岡花子訳を皮切りに多くの翻訳があります。邦題である『赤毛のアン』も村岡花子によるもので、原題は『Anne of Green Gables』です。1973年の神山妙子訳は原作に忠実であり、これを底本としたアニメは同様に高い評価を受け、海外へ逆輸入されていきました。この年代に幼少期を過ごした女性の中には、熱烈なファンも多いようです。私の母に言わせると、友人の中にはいまだに物語を精細に覚えている人がいるようです。
アンは、老兄妹に引き取られた孤児の女の子です。物語は、日本でいうところの小学校高学年から高校生あたりまでの、アンとその周囲の日常を描いたもので、現代的なジャンル分けをするならば、日常系と呼ばれる作品に相当します。日常系という言葉は、2000年以降の日本のアニメから生まれたものですが、赤毛のアンは間違いなくそういったジャンルの源流の一つと言えます。
赤毛のアンという作品名を知っていても、その物語を知らない人は、思いのほか多いのではないでしょうか。それは、もともとが児童文学と見なされていることや、主人公がアンという女の子であることも関連性があるかもしれません。私個人の事例でいえば、赤毛のアンという作品の存在は知っていても、その小説、アニメのいずれも見ることなく育ち、ついぞこの日まで内容を知らずに生きてきました。そうです。『アンという名の少女』というNHKのドラマを見るまでは。
今この記事を書くに至ったのは、『アンという名の少女』を八週間にわたって視聴し、その物語に些か傾倒したからです。原作を知らない私が、この作品を見てアンを知ったというのはおこがましい話ですが、それでもアンという物語の全体像や下地を知ることはできました。私には原作との比較はできませんが、映像作品を率直に評価することはできます。『アンという名の少女』の魅力をちょっとだけ伝えたいと思いました。
私が一番最初に感じたのは、アンってこういう性格の女の子だったんだという驚きです。あまりに個性的で、第一印象としてちょっとキツイなと思わせる女の子。アンの物語の基礎知識のない私にとって、それが既に驚きでした。それは私だけでなく、物語の中の登場人物においても同様であり、それゆえにアンは時に迫害ともいえる仕打ちを受けることがあります。これは制作者側の完全な仕掛けであり、視聴者の大部分が同じ共感を得ることを狙っています。しかし、アンには奇抜な個性だけでなく、強烈な善性も持ち合わせています。アンの周囲の人たちがアンの魅力に気が付き始めるとき、視聴者は完全にこの物語の虜になっているという寸法です。
アンの周囲の人たちもまたしっかりとキャラクター付けされています。義母に等しいマリラは、最初はアンの奇矯とも言える挙措に戸惑いますが、やがてアンを理解し、時に厳しく、時に慈しみをもって接するようになります。マリラの兄であるマシューは、マリラとアンの板挟みにありつつも、早くからアンへの理解を進めて、人格的に奥行きのある人物として、序盤のアンの精神的な拠り所でもあります。そして、特筆すべきは無二の親友であるダイアナの存在でしょう。可愛らしくて平凡で、常識的で上品な、お嬢様という表現がぴったりの女の子です。それゆえに思想的に全くアンとぶつからず、常にアンとその周囲の緩衝として活躍し、アンにとっていなくてはならない存在になります。アンの物語の序盤は、アンが周囲に馴染むことと、周囲がアンを理解すること、それに関連した問題と解決をテーマとしています。
アンの物語はアンの人生をただ追っているだけです。それなのになぜ、ここまで面白く引き込まれるのでしょうか。アンは特別な女の子ではなく、その周りに起こる出来事も特別ではありません。ただ、その切り抜き方、見方によって物語として成立しています。笑いあり、涙あり。私たちの人生には、既に物語の全てが含まれている、そう思わせてくれるいい作品です。アンは女の子向けの児童文学に収まらない魅力があります。
NHKの放送は明日で終わりますが、Netflix ならいつでも見れます。さらにNHKで放送されているのはシーズン1ですが、Netflixではシーズン3まであります。原作では、大人になったアンも描かれているので、今後も製作が期待されますが、今のところシーズン3で打ち切り状態のようです。シーズン4制作の嘆願運動では、100万の署名が集まっているとか。たくさんの人から愛される物語であることが分かりますね。