弥生研究所

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解説『ハイペリオン』兵士の物語

ハイペリオンの6つの物語のうち、二つめの兵士の物語について紹介、解説します。 兵士の物語は、一言でいえばアクション映画です。心理描写などのミクロな視点よりも、世界情勢などのマクロな視点で、『ハイペリオン』を導入する役割を持った物語です。

前回の物語はこちら。 yayoi-tech.hatenablog.com

兵士の物語:戦場の恋人

 巡礼者の名はフィドマーン・カッサード。時は西暦1415年、場所はフランス北部のアジャンクール。イングランド王ヘンリー5世は、フランス王位を請求するためノルマンディーに侵攻したものの、フランス軍の頑強な抵抗と疫病によって、イングランド軍は疲弊しカレーへの帰還を企図した。一方、フランス軍イングランド軍の撃滅を目指し、カレーの南50kmでこれを迎え撃った。長弓兵を主力とする七千人のイングランド軍に対して、重装騎兵を主力とするフランス軍は二万人。数で劣るイングランド軍が、三倍の兵力を有するフランス軍を破ったこの有名な戦いは、後世、アジャンクールの戦いと呼ばれる。

 カッサードは、まさにこの戦場の真っただ中にいた。ただしこの戦場は、FORCE がHTNと呼ぶ訓練用に用意した仮想戦場である。仮想世界はリアルの体験とそん色なく、シミュレーションで致命傷を負った訓練生がショック死することもあるほどであった。カッサードは、オリュンポス・コマンド・スクールで訓練を行う若き士官であった。カッサードは、その戦場で後にモニータと呼ぶことになる美しい女と出会う。カッサードが、フランス騎士と一対一の決闘におよび、劣勢に立たされた時、その危機を救ったのがモニータだった。カッサードとモニータは戦場のはずれの森の中で愛し合った。その体験は、仮想世界として用意されたものではないことは明らかだった。モニータはシミュレーションの度に現れた。カッサードは彼女が何者であるのか問うたが、彼女はなにも答えない。ただ、互いに求めるままにセックスするだけであった。コマンドスクールを卒業すれば、モニータに会うことはないのだろうとカッサードは思った。しかし、モニータはその後もカッサードの夢に度々現れた。

 カッサードにとって転機となったのが、ブレシアの戦いだ。アウスターは、連邦の唯一の外患でもあった。とはいえアウスターが連邦にとって全くの未知であったわけでもない。アウスターはしばしば連邦領域の近縁まで接近して資源の採掘などを行い、多くの場合、連邦はこうしたアウスターの海賊行為を黙認してきた。過去の事例を見ても、アウスターとの衝突は小競り合いでしかなく、宇宙空間での戦闘こそあれ、地上で歩兵同士が戦うことは一度もなかった。いわく、アウスターは長らく無重力の宇宙空間に適応した結果、地球型惑星の脅威にはならない、というのが専らだった。アウスターによるブレシア侵攻の始まりも、連邦の弛緩した許容の中で突如として始まった。

 ブレシアには惑星政府が組織する大規模な宇宙軍が存在していたが、それらは二十時間のうちにアウスターによって無力化された。そして、アウスターは宇宙空間から地上の軍事目標を徹底的に破壊すると、二十三日目には二千隻に及ぶ降下艇や強襲艇を主要な各都市に送り込み、地上の制圧を開始した。四十二日目にはブレシア軍の組織的抵抗は終わり、首都バックミンスターは陥落した。後に分かったことだが、アウスターは三世紀の間に確かに無重力空間に適応するように肉体的変貌を遂げていたが、外骨格をまとっているため地上での行動に全く難がなかった。手足が異様に長いクモのような人間が、ブレシアの大地を闊歩したのである。

 カッサード大佐を含むFORCE第一艦隊がブレシアに到着したのは、アウスターの襲撃が始まって二十九週目のことである。FORCEによるブレシアへの”逆”上陸作戦は困難 を極め、FORCEが掲げるニュー武士道の価値観は全く意味をなさなかった。カッサードは瞬時に悟った。ニュー武士道は名誉を重んじ、職務の根幹に義務と自尊心と信義を置いた。FORCEが目指す戦争は、文民を守るための局地的な非全面戦争であり、目標を限定し戦力過剰を禁じた。その価値観にカッサードは共感したものだったが、それらはアウスターに対しては全く価値を持たなかった。ニュー武士道は、人類同士の内患でこそ意味をなし、半ば未知の外患であるアウスター相手には通用しないのである。上陸に成功した八万のFORCE地上軍は、民間人への被害を最小限に止めるためにアウスターを誘導しようとするが、アウスターは民間人などお構いなしに、何の懸念もなく物量でFORCEを攻撃した。宇宙空間においても、FORCEは優勢とはならず、アウスターはブレシア近辺の宇宙空間を維持し続けた。当初、二日で片付くと見積もられた地上戦は六十日に延び、廃墟と化した都市を舞台に、延々と市街戦が繰り広げられた。FORCE部隊八万は損耗し、最終的には延べ三十万の増援が投入された。九十七日目にして、ついにアウスターが撤退を始めたころには、カッサード大佐には「南ブレシアの死神」なる異名が付いていた。その死中で、カッサードはモニータのリアルとも区別のできない夢を見続けた。

 皮肉なことに、九十七日の激戦を無傷に乗り切ったカッサード大佐は、その二日後に瀕死の重傷を負った。解放されたバックミンスター市のホールで、報道官の質問に応答しているとき、アウスターが残したブービートラップがさく裂したのである。爆風によってカッサードは吹き飛ばされ、崩れたがれきの下敷きになった。カッサードは良くも悪くも時の人となっており、その容赦のない作戦指揮には批判が集まっていた。カッサードは戦争犯罪の罪に問われる可能性があったが、政府首脳はカッサードを英雄と考えていた。結果として、カッサードはホーキング駆動の病院船に収容され、ゆっくりと<ウェブ>へ送り返された。カッサードが治療を追えて<ウェブ>に戻る頃には<ウェブ>では航時差で十八カ月が経っている。そのころにはカッサードへの批判も収まっているだろうと目論んだのだ。

 しかし、その病院船は、ハイペリオンを経由するときアウスターの攻撃を受けた。奇蹟的にカッサードは命を取り留めたが、攻撃によって病院船は制御不能の棺桶と化し、何かしら手を打たなければ、カッサードは死んだも同様であった。だが、アウスターがスクイドと呼ばれる小型艇を病院船に接舷させたのが、カッサードにとって不幸中の幸いであった。カッサードはアウスターの海兵隊員を危機的な状況にもかかわらず手際よく無力化し、一隻のスクイドを単独で拿捕する。そして、ハイペリオンの大気圏へと突入した。

 カッサードが気付いたとき、そこにモニータがいた。そこは、ハイペリオンの<詩人の都>であり、モニータはカッサードを<時間の墓標>へ案内した。モニータは、<時間の墓標>は時を遡っているのだと説明する。そしてカッサードにとっての過去はモニータにとっての未来なのだとも言う。モニータが指をさす方向には、鋼鉄のとげに覆われた大樹が立っていた。樹高二百メートルはあるかと思われたが、ホログラムのように揺らいでいる。そして、そのとげには人間や、アウスターや、その他の生き物の死骸が突き刺さっていた。

 モニータはカッサードを銀色の特殊なフィールドで包み込む。そして、カッサードはシュライクを初めて見た。シュライクは二人を先導する。どうやらアウスターの追手が来たらしい。アウスターは二隻の強襲艇を降下させ防御陣地を敷いていた。そこで初めてカッサードは気付いた。時が止まっていることに。モニータはシュライクが時を支配しているのだという。ニュー武士道に対する禁忌を感じながらも、カッサードらは一方的にアウスターを殺戮した。

 殺戮が終わったとき、カッサードとモニータは愛し合った。そしてカッサードが絶頂に達しようというとき、カッサードはモニータがシュライクであることに気付く。カッサードは必至でシュライクとなったモニータから身を引きはがす。カッサードはモニータともシュライクとも分からないものから必死で逃げた。

 ハイペリオン自衛軍がカッサードを発見したのは、病院船が攻撃されてから二日後の事だった。<詩人の都>と<時観城>の間で、裸で重傷を負って気絶しているところを発見されたのである。カッサードはスクイドでハイペリオンに降下した後のことは何も報告しなかった。そして、燬光艦に収容されて<ウェブ>へ戻る途中、カッサードは軍務を離れた。

解説

フィドマーン・カッサードは、連邦の正規軍である FORCE の退役軍人です。連邦の軍人という目線から、連邦や、その軍である FORCE がどのようなものであるのかが、つまびらかになります。

プロローグでグラッドストーンは、アウスターがハイペリオンに侵攻することを匂わせていました。過去のアウスターによる侵略であるブレシアの戦いを、兵士の物語の主軸に置くことによって、もしこのままアウスターがハイペリオンに侵攻した場合、ハイペリオンがどうなるのかを、読者に容易に予測させます。兵士の物語は、現実的な差し迫った問題として、ハイペリオンが直面している状況を、説明する役割を持っています。

つまり、ブレシアの戦いから分かるように、アウスターの侵攻は生易しいものではなく、<時間の墓標>の謎やシュライクの脅威を抜いたとしても、彼らの巡礼の成否は紙一重の行為であることが分かります。一方で、ハイペリオンがただ蹂躙されるだけの状況かといえば、そうではありません。連邦が組織する FORCE 宇宙軍はただの張りぼてではなく、実績のある実力部隊であることは、アウスターとの戦闘の様子によく描写されているからです。

FORCEにはニュー武士道という価値観が軍律と共に根底にあり、この価値観が FORCE の強さでもあり、逆に弱点でもあります。この価値観は軍人階級が生き残るため、歴史の中で必然的に発達したものでした。二十世紀から二十一世紀にかけて、地球では大規模で凄惨な戦争が続きました。軍人が敵国の文民を攻撃するという繰り返しが、やがて軍人と文民の対立構造を生み、軍はその存在価値を徹底的に試されました。その結果生まれたのがニュー武士道という価値観です。

私たちの現代でも、戦争は全面的な戦争から局地的な戦争へと移り変わりつつあり、核兵器や絨毯爆撃を避ける軍事目標主義は浸透しつつあります。戦争は局地化し、非対称化していることから、正規軍よりも特殊部隊の重要性が高まっています。FORCE の存在や、ニュー武士道の価値観は、私たちの想像の延長線上で、進化して生まれたと言ってよいでしょう。

兵士の物語における最大の謎は、カッサードがモニータと呼ぶ女の存在についてです。モニータが自ら説明するところによれば、モニータは未来から遡る存在であり、モニータにとっての過去はカッサードにとっての未来であり、モニータにとっての未来はカッサードにとっての過去であることが分かります。また、<時間の墓標>もモニータと同じように未来から遡ってきているのだとモニータは言います。アジャンクールのシミュレーション内で初めて出会った時(モニータにとっては最後の逢瀬)以来、モニータはカッサードをハイペリオンに導いてきたと言えます。

ハイペリオンでカッサードがファーストタイムでアウスターを殺戮したとき、シュライクはモニータやカッサードと敵対してはいませんでした。そして、最終的にモニータはシュライクへと変貌しました。モニータの目的や、シュライクとの関係性については謎のままです。

カッサードは、自分が愛したモニータが何者なのかを突き止めようとしています。

早贄(はやにえ)の木について、詳細な描写がされるのも兵士の物語の特徴です。説明するまでもないかもしれませんが、シュライクは日本語で百舌鳥(もず)という鳥を意味します。百舌鳥は捕えた獲物を木の枝に串刺しにする習性を持ちます。ただし、『ハイペリオン』におけるシュライクの獲物には、人間も含まれているわけですが……。カッサードは、巡礼者の中に、かつて見た早贄の木に串刺しにされていた人間がいることに気付きます。早贄の木も<時間の墓標>と共に時を遡っているのであれば、これからその巡礼者は、串刺しにされることを意味します。カッサードは、誰が串刺しにされていたのかは語りませんでした。

続く。

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