弥生研究所

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解説『ハイペリオン』プロローグ

ハイペリオン』のあらすじと解説を、何回かに分けて記事にまとめたいと思います。

私は事あるごとに SF の最高傑作と言ったらハイペリオン四部作だと、なるべくささやかに主張してきているのですが――SFの金字塔などと評価されている割には――ハイペリオン最高という同士になかなか会ったことがありません。文庫本をいろんな種類の知人に貸したりしてきたのですが、いかんせん反応が悪い。

反応が悪い理由は、SF であることと、長大であることに集約されるのかなと思っています。SFはとにかく読者を置いてきぼりにする傾向があります。現実にはあり得ない科学的な作り話があって初めて SF として成り立つので、著者の想像についていけなければ脱落は必至です。むしろ分からないことは自分なりの解釈で読み進めるのが良いと思うのですが、そうするにはある程度SFを読み慣れていないといけないのかもしれません。そして、読み慣れるにはそもそも科学的なことに興味がないといけない。この時点でSFは人を選ぶと言われても、まあその通りかもしれないと納得せざるを得ないところがあります。ましてやハイペリオン四部作は文庫本にすると全8冊になります。一冊が500ページを越えていたりもするので、単純に物語として長いのです。固有名詞がバンバン出てきて情報量がパンクしそうな中、物語はどんどん展開していきますし、伏線はどんどん張り巡らされます。

そこで、物語や伏線に対する自分なりの理解を、あらすじと解説という形で文章にし、原作に対する副読本的な立ち位置でまとめます。たぶん、ハイペリオン四部作を読み切った人ですら、記憶があいまいな人は多いはず。物語をより深く味わうための助けになれば幸いです。ネタバレ全開ですが、物語に沿ってネタバレしていくので、未読の方がいましたら、興味を持たれた時点で、小説を読まれることをおススメします。

まず、『ハイペリオン』の目次を紹介しましょう。実は四部作のうち『ハイペリオン』だけが唯一、意味のある目次を持っています。それは、ハイペリオンにまつわる6人の物語がオムニバス形式で語られるからです。

  • プロローグ
  • 第一章
    • 司祭の物語:神の名を叫んだ男
  • 第二章
    • 兵士の物語:戦場の恋人
  • 第三章
  • 第四章
    • 学者の物語:忘却の川の水は苦く
  • 第五章
    • 探偵の物語:ロング・グッバイ
  • 第六章
    • 領事の物語:思い出のシリ
  • エピローグ

まずは、プロローグからどうぞ。

けっこうボロボロ

プロローグ

 場面は名もなき惑星に着陸している漆黒の宇宙船。そのオーナーは領事と呼ばれる人物である。領事は宇宙船のバルコニーで、連邦のCEO、マイナ・グラッドストーンからのFATライン通信を受信する。物語はそこから始まる。

 受信したFATライン通信によれば、グラッドストーンは、領事が時間の墓標への巡礼の一人に選ばれたこと、そして領事にハイペリオンに戻ってもらいたいことを伝えていた。

 グラッドストーンはその背景を説明する。ハイペリオンの領事館と惑星自治委員会は、時間の墓標が開き始めていること、そして「あの」シュライクと呼ばれる怪物が動き回っていることを報告した。それが三週間前のことだ。ハイペリオン在住の連邦市民を疎開させるために、連邦は直ちにパールヴァティーのFORCE駐屯軍から救援艦隊を編成した。この救援艦隊がハイペリオンに到着するのは、ハイペリオンの現地時間に換算しておよそ三年後だ。艦隊が救援として間に合うかは分からないとグラッドストーンは言う。

 メッセージはさらに続く。アウスターの群狼船団がハイペリオンに向かって接近しているという。その規模はすくなくとも四千隻であり、FORCEの統合参謀本部は、この接近をアウスターの大規模な侵攻だとみなしている。アウスターの目的が、開き始めた時間の墓標にあるのかどうかは分からない。いずれにせよ、連邦はFORCEの一個艦隊を、先行する救援艦隊に合流させるべく量子化させた。この艦隊はハイペリオンに転位ステーションを建造するためのものである。

 最後にグラッドストーンは、パールヴァティーの森霊修道会が、聖樹船<イグドラシル>の出港準備を進めていることを伝える。三週間以内にパールヴァティーへ行けば、宇宙船ごと収容しハイペリオンへ行けるだろうと。そして、七人の巡礼者のうち少なくともひとりはアウスターのスパイだとも。この巡礼に連邦の運命がかかっているとグラッドストーンは言い、メッセージは終わった。

 領事の宇宙船は、ハイペリオンへ向かうべく、まもなく名もなき惑星を離陸した。

解説

プロローグからしてこの情報量なのだから、世界観にまるで追いつけない読者がいたとしても、肯ける話です。小説本文では、背景の詳細はもう少し説明されるのですが、なにしろ頭の中に入ってくる新しい情報の量が単純に多い。解説しようと言ったって、どこから解説したらよいのやらというところがあります。

プロローグにおける登場人物は、領事とマイナ・グラッドストーンの二人です。領事は、小説本文では始終、領事と呼ばれ、彼が本名で呼ばれることは徹底してありません。では、どこの領事なのかというと、ハイペリオンという惑星の領事でありました。領事であったという過去形のとおり、現ハイペリオン領事ではありません。領事が今どのような公職にあるのかについては、プロローグの時点では推し量ることは出来ません。一方、マイナ・グラッドストーンは連邦のCEOであり、人類社会における政治、行政の頂点に立つ人物です。彼女の手腕にはすでに一定の評価があり、リンカーンチャーチルアルバレス=テンプといった歴史的偉人と比較されるほどです。アルバレス=テンプという架空の人物が、二十一世紀から聖遷までの間に活躍した人物として設定されているあたりに、世界観の細やかさを感じます。物語は、きわめて政治的な話から始まるのです。

そもそも、この物語が、いつ、どこでの話なのかを説明したほうが良さそうです。小説ハイペリオンの時代は、西暦にして28世紀になります。人類は21世紀には太陽系外への大規模な開拓、植民を開始し、これを聖遷と呼びます。以来、およそ800年に渡って、人類はその版図を広げ、200以上の惑星を開拓し、その人口は1500億人に達しました。その人類を束ねるのが、連邦です。連邦がただ単に連邦と呼ばれるのは、危機的な内乱を経験しつつも、連邦が人類唯一の統一政体だからです。

とは言え、連邦が全人類を束ねていたかというと、そうでもありません。開拓、植民を行った人類の中には、連邦が管理する宇宙の更に外へ進出する者があり、結果として彼らは連邦の管理下にはない独自の存在になり、アウスターと呼ばれるようになりました。時と共にアウスターの存在は連邦にとって未知となっていき、この時代、アウスターは連邦にとって宇宙の蛮族とすら表現されます。

さて、ハイペリオンと呼ばれる惑星は、連邦が管理する領域の外縁に位置する、今まさに開拓途上にある惑星です。ハイペリオンは長らく開拓されているものの、未だに連邦の領域として組み込まれない特殊な星系でした。その理由が、ハイペリオンにもともと存在する時間の墓標と呼ばれる遺跡の存在、そして、その遺跡の周囲をうろつくシュライクと呼ばれる怪物の存在でした。遺跡は明らかに人工物でしたが、その謎はいまだに解明されていません。さらにシュライクは、ときには惑星全土で入植者たちを殺戮しました。未知の存在に対する畏怖は、やがて信仰心を掻き立て、現地にはシュライク教団なる宗教組織も生まれます。そのような不安定な政情から、連邦はハイペリオンを傘下に入れることを躊躇ってきたのです。

連邦が連邦としての統一政体を維持できているのは、FATライン通信や、転位ゲートによって、たとえ何光年という距離の隔たりがあったとしても、情報や物質の伝達が瞬時に行えるインフラがあるからにほかなりません。このインフラがなければ、人間の時間感覚では一つ一つの惑星は、ほぼ孤立しているも同然です。ハイペリオンは連邦に併合されていないがゆえに、未だに現地には転位ゲートはありません。そのため、最も近隣にあるパールヴァティーからハイペリオンに向かっても、ハイペリオンの現地時間でおよそ三年かかります。もっとも、それでも超光速航法で移動するので、相対性理論でいうところの時間の遅れが発生し、船内の主観的な時間はもっと短くなります。連邦はハイペリオンに転位ゲートを設置しないことによって、文字通りハイペリオンと距離を取り、ハイペリオンの政情不安が連邦全体に波及しないようにしていたのです。

しかし、連邦の日和見をあざ笑うかのように、事態は展開します。時間の墓標が開きかけているという現地からの報告です。開くとは、遺跡の周囲をめぐる抗エントロピー場が膨張していることを意味し、これはシュライクの活動範囲を広めることを意味していました。もし、シュライクが惑星全土で活動すれば、ハイペリオンの入植者全員が危機にさらされます。また、時間の墓標が完全に開いたときに、何が起こるかすらも予測できませんでした。さらに、時を同じくして、アウスターの船団がハイペリオンに近づいていることを、軍部が偵知します。その目的は定かではありませんが、タイミングからすれば、アウスターの目的もまた、時間の墓標に関係することは予測されました。

グラッドストーンら連邦の首脳は、ただこの状態を黙視することを良しとせず、先んじてハイペリオンに転位ゲートを建設し、ハイペリオンを防衛の橋頭堡とすべく艦隊を派遣します。同時に、7人の巡礼者を結成し、時間の墓標とシュライクの謎を解明する希望を託します。領事はかつてハイペリオンの領事であった背景から巡礼者の一人として選ばれるのです。

事態の困難さを伝えるグラッドストーンの言葉から、物語の展開には既にクライマックス感すらあります。小説ハイペリオンでは、第一章から第六章に渡って、7人の巡礼者たちが、時間の墓標へ向かう途上で、それぞれの身の上を語り合うというオムニバス形式で物語が進みます。

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